2016年4月28日木曜日

「口頭舞踊総譜」って、カッコエェのぅ~(*´ェ`*)

音楽論 通信課題2、合格~ヽ( ´¬`)ノ


4月25日の昼休みに提出して、4月26日の朝イチで添削完了通知が届きました。
この添削の早さ、去年のコミュ論で2カ月以上添削待ちとかを考えると、もう神の域でございます。
ありがたや~ (-人-)♪


さて、講評ですが・・・

「《越後獅子》の冒頭部分の三味線と振りについての言葉での表現、丸子囃子の稽古の様子、日本舞踊での稽古の進め方、《梅の春》がどのように記憶されていたか、これらについて記されている部分は、具体的かつ細やかで、とても興味深いですね。
これらのsizuさんご自身の体験を生かして、日本舞踊の稽古の際、口頭で唱えるものをなんと称したら良いか、というテーマ設定にされたら、よりエキサイティングであったのでは、と感じます。」

なんか、同日に添削された演劇史の通信課題2で指導いただいた「論文・レポート」と「評論」は違う、というところにつながる感じですね。

※「論文・レポート」と「評論」は違うについてはコチラで少し書きました
『「論文・レポート」と「評論」は違った...』
http://sizu1974.blogspot.jp/2016/04/blog-post_28.html

主観的にならず、一歩引いた目線からレポートを見ると、「鼻歌のようなもの」というものはとても主観的でぼくにしかわからないものであって、それをテーマにすえるというのはまさに評論ですよねぇ・・・うーむ。(゜レ゜)

「そもそも日本舞踊の稽古において用いられている歌を「唱歌」という概念の中に押し込める必要はあるのかな?」

うん、ないと思います!www
もう、おっしゃる通りですー(*´ェ`*)

「(略)便宜上「唱歌」とするのは構わないが、その内実をより的確に示す呼称を考え出せたならば、申し分ないであろう、すなわち、「唱歌」という言葉に収まりきれない諸要素を取り込んでの命名に向かった方が面白そうだ……と感じてしまったのです。」

むひょー!命名とは!!!
そんな発想なかったけど、確かにそっちのほうが本論で展開した思索や考察も生きますよねぇ。

その後、先生の「もし私ならこう書くんだけどな・・・」「もし私ならこういう展開の仕方をするんだけどな・・・」っていうようなことについてたくさん書いてくださいました。
ただダメぢゃなくて、こうしたらよかったかもね、っていうことを言ってくださるのは、本当にありがたいです。

「(略)意味するところは「口頭舞踊総譜」といった感じかと思いますが、お稽古の現場を熟知されているsizuさんには、よりその場の空気、お師匠さんの意向などに則した命名が可能なのでは、と思います。それだけに、是非取り組んでみていただきたいと感じます。」

「口頭舞踊総譜」なんて仰々しいもんでもないですしねぇ・・・でも、意味はまさにそれ!ほんまそれ!めっちゃそれ!!!
今度お稽古場で「音なしで口頭舞踊総譜で合わせよう」とか言ったら、たぶん師匠もお稽古場のみんなも「なんぢゃそれ(・・?」って目がテンにあることでしょう・・・ってか、面白そうだから今度のお稽古でやってみよう(笑)


あと、レポートの中で書いた振り書きのノートのこととか、先生が興味をもってくださったことについて書いてくださいました。
なんか、演劇史もですけど、音楽論はすごく人間と人間のやりとりをしている印象を添削から受けますね。
こういう添削だと、次もがんばろうって思えます。ってか、課題が楽しくなりますよねぇ♪


演劇史にしても、音楽論にしても、どうも「自分の体験に基づいて」とか「考えたことなどについて論じなさい」とかだと、自分が体験したり感じたり考えたことを書くことになるので、どうしても主観的なレポートになってしまう。
課題3からは「論文・レポート」と「評論」は違うということを意識して、自分らしさ炸裂!なレポートを書きたいと思いました。

※先生の添削は著作権等を考慮してぼく語に翻訳コンニャクしております。

「論文・レポート」と「評論」は違った...

演劇史 通信課題2、合格~ヽ( ´¬`)ノ


今回の添削は、教科書の先生でも課題1の先生でもなくて、てらだ先生。
女性の先生でございます。

ちょっと調べてみたら、なんかぼく、すごい地雷を踏んだレポートを書いてたみいたいでございます・・・
・・・((((;゚Д゚))))ひょええぇぇぇぇぇ

論文検索したら、てらだ先生、論文で森田(守田)座について書かれているんですね。

『安政から文久年間の森田(守田)座 -十一代目・十二代目守田勘弥と中村翫左衛門-』
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/handle/2065/26936

ってか、レポート書く前に先生の論文読みたかった・・・ってくらい、参考文献でわかんなかったことが書いてある!
読み物として面白いし、勉強になります。


・・・って感想は置いといて、森田(守田)座でございますよ。
ぼくがレポートに書いた五代目坂東玉三郎は十四代目守田勘弥の養子でございます。
レポートを書くにあたって、玉さまの生まれから部屋子になり、その後養子にはいるところはもちろん、養子にはいった先の森田(守田)家の歴史なんかについてももちろん調べました。
玉さまの今の地位に上り詰めるまでの苦労とかいろいろとね・・・梨園って、いろいろあるんですよねぇ。

で、そんな玉さまの人生について、ひいては森田(守田)家との関係などもレポートに書いたわけですが、まさか添削する先生がその森田(守田)家について論文を発表されているなんて、もうビックリでございますよ。
なんかド素人がプロに向かって「守田勘弥ってこうなんだぜぇ~ うえーい乁( ˙ω˙ 乁)」と超自信満々に言っちゃった、みたいな、そんな感じですよ。


あぁぁぁぁぁぁぁなんてこったぁぁぁぁぁ
穴に入りてえぇぇぇぇぇぇ
こっぱずかしー(/ω\)


というわけで、講評でございます。

「とにかく迫力で読ませる文章で、よく調べていることもわかる。興味の視点もぶれない。(略)具体的に直せるところはないです。」

なんか、褒められてる?(゚◇゚*)

「ただし全体を拝見して気になるのは(略)どこまでも主観的に取れてしまう問いを、はたして「論じる」ことができるのかどうかという点です。」

言われてみればたしかにそうだ。
だからレポートとしてこれでいいのか?と思ったりしたのか。
すげぇ、先生ぼくにもわからなかったぼくの脳みそを透視してる・・・(;゚Д゚)!!!

というわけで、「論文・レポート」と「評論」の違いについて説明してくださいました。

評論と論文の違いは、客観的に論証する手続きが取れているかどうかの違いで、最終的に「私のものの見方」が「対象となるもの」よりも前面に押し出されるのが評論だと、私は考えています。
その意味では、評論を書いているつもりでも論文になる評論家、逆に論文を書いているつもりでも評論になっている研究者はたくさんいます。
今後、他の授業でも論文・レポートを制作される際には、やはりsizuさんなりにその区別を考え、明確に心に持っていただきたいと思います。」

ナルホド~~~ (*゚。゚)そういうことかー!
例えば今回の場合は、一歩引いて「玉三郎の白拍子花子の独自性についての考察」とかにすれば、もうちょっと論文らしいものになったかもですねぇ。

「とはいえ、あるものや人の特徴をつかまえるためには、まずそのものや人に惹かれるきっかけがなくてはつかまえる気にならないことも事実です。
このレポートではきっかけがよくわかり、舞踊を実際になさっている経験もよく活かされています。
今回はこの熱意と、積み上げてこられた経験を採りたい。
ある意味、それは採点の枠には入らないものだとも思いました。」

採点の枠に入らないものを買ってくださった先生に感謝感謝でございますー。
ってか、やっぱりムサビ通信って、文化科目でも体験や経験を高く買ってくれる気がします。
机上の空論より現実の体験ってことなんでしょうね。
通学であれば普通に学校生活送っていれば自然と体験できることも、通信だとそうはいかないことも多いでしょう。
きっと、そんなところでこういう対応をしてくださっているのではないかと、ぼくは思いました。

最後に・・・

「次は試験ですが、どのような答案を書かれるか非常に楽しみにしています。ご研鑽をお祈りします。」

とのこと。
えー(;゚Д゚)試験の採点もてらだ先生なのかな?
試験ではちゃんと評論じゃなくて、論文・レポートになるように心して挑みたいと思いました。

※先生の添削は著作権等を考慮してぼく語に翻訳コンニャクしております。

2016年4月27日水曜日

“音楽”論を日本“舞踊”で論じてみた

音楽論 通信課題2、提出~ヽ( ´¬`)ノ

あぁ、今回は難産だった。。。<丶´Д`>ゲッソリ

テーマを唱歌にしたんですけど、唱歌についての参考文献とかあまりないんですよね。
三味線なり琴なり日本音楽史なり、なにかの文献の中でちょこっと触れられている程度で、そのちょこっとを探すのの大変なことといったらもう・・・タイヘンでした。

さらに、お稽古などの現場でどう使われているかは、もう経験者に聞かないとわからない状態。
しかも、教科書の範囲に楽譜関連が入っていたので、楽譜を絡めて唱歌について語りたかったから、よけいにタイヘン!

そんな困ったときにはやっぱりだれかに聞いてみるのが一番!
ってなわけで、Facebookで唱歌について質問してみたら、けっこう小さい頃にお囃子やってたとか、ギター練習してたときに鼻歌みたいに歌ってたとか、三味線のたしなみがあったとか、中にはお琴のプロな方まで・・・本当にたくさんの方に貴重なご意見や知恵をいただきました。
自分にない経験は、他人の経験を聞くに限ります。
百聞は一見に如かずというけれど、百妄想は一聞に如かず、ですよ。


ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました
♪♪アリd(*´□`*)bガトー♪♪


で、たっくさんのお知恵をいただいて、全部レポートにぶっこんだら、見事に1万文字を超えまして、泣く泣くいろいろ削ってなんとかレポートにしました。
で、削ったネタは、メディア環境論の通信課題「メディア解剖図鑑」で使いたいと企んでおります。
楽譜とか唱歌って、見方を変えると立派なメディアとして成立してるんですよ。
たくさんのご意見から文献や楽譜を調べていたら、そんな事実に気が付きました。


というわけで、レポートはこんな感じになりました。


*** タイトル ***
唱歌は音楽だけのものであるかについて

*** 序論 ***
日本舞踊のお稽古のときに口三味線・・・とはいえない、鼻歌みたいなもののこと
この鼻歌のようなものは唱歌といえるのか?の問いかけ
本稿でこの鼻歌のようなものについて考察することで、唱歌といえるかどうか論じるという宣言

*** 本論 ***
鼻歌を分析
→口三味線視点から
→お囃子の視点から
日本舞踊の振りを覚えるとき書く振り書き(ノート)と三味線文化譜を比較検討

*** 結論 ***
過去に稽古した「清元 梅の春(※B)」を15年ぶりに聞いてみた結果について
聞いてみた結果、本論の内容から、この鼻歌のようなものは唱歌といえるということ


少々無理矢理な展開になったのと、自分の日本舞踊での経験がベースとなっているのでその部分がどの程度先生に伝わるか、日本舞踊を通じて体験したことの中でもエビデンスのつけられない体験についての記述をどう受け止められるか・・・そんなところが不安でございます。はい。

2016年4月26日火曜日

そしてふたたび道成寺!

演劇史 通信課題2、提出~ヽ( ´¬`)ノ

本当は3月中に8割方は書けていて、課題1の添削をみてから完成させようと思っていて、課題1の添削から2日くらいで仕上がっていたんですけど、なんとなく「こいつ2日でレポートやったな。手抜きしたな」とか思われたらやだなーと思って、ちょっと提出まで寝かせておきました。
なんでかって、書いたレポートが道成寺ものだからです。

課題1では能の道成寺。
今回の課題2では歌舞伎舞踊の京鹿子娘道成寺。
しかも五代目坂東玉三郎・・・愛しの玉さまの京鹿子娘道成寺限定でございます。


課題2のお題目は「教科書の第6章から第11章までをよく読み、記されている事柄の中からとくに興味を抱いたものについて、自分の鑑賞経験と関連づけて論じなさい。」でございます。
この第6章から第11章に、歌舞伎がド嵌りしてるんですよ。
そんなの、玉さまの京鹿子娘道成寺の白拍子花子以外に何を書けというのでしょう。
玉さまが白拍子花子踊るっていったら、意地でも劇場に足を運んできた、玉さまの白拍子花子マニアですよ、ぼく。
これ以外に何を書けと・・・・・っていうか、これ以外には書けないし(π0π)


というわけで、趣味炸裂のレポートになりました。
課題1の添削結果でも書いたとおり「I LOVE 玉三郎's道成寺!」でございます。
どんんだけ玉さまの京鹿子娘道成寺が好きか、歌舞伎舞踊の作品「京鹿子娘道成寺」の魅力、音曲としての「京鹿子娘道成寺」の魅力、そして何よりも玉さまの白拍子花子のすばらしさ!
たっぷり2180文字、書かせて頂きました・・・

・・・((┗┓( ̄∀ ̄)┏┛))ウッシャッシャッシャッ



では、参りましょう。


*** タイトル ***
五代目坂東玉三郎が踊る歌舞伎舞踊「京鹿子娘道成寺」の魅力についての考察

*** 序論 ***
昭和57年に玉さまの京鹿子娘道成寺を見てから日本舞踊をいつか習いたいと思い続けてきたこと。
大人になって習うまでその思いを持ち続けさせたのがこのときの舞台であったこと。
本稿ではなぜわたしは自分が玉三郎の京鹿子娘道成寺でなくては満足できないのかについて論じる宣言。

*** 本論 ***
道成寺もののストーリーの素晴しさ。
長唄 京鹿子娘道成寺の音曲の素晴しさ。
舞踊 京鹿子娘道成寺の素晴しさ。
京鹿子娘道成寺は日本舞踊を踊る人にとって目標にもなる演目であること。
玉さまの生い立ちや経歴。
玉さまの長所と長所ゆえの苦労など。
(暗に)梨園ならではの苦労を出自などから苦労しまくったのを、その才能と美貌と精神力と美への探究心と想像を絶する努力で乗り越えて、結果として女形の頂点を極め、人間国宝にまで上り詰めたこと。

*** 結論 ***
なぜ玉三郎の京鹿子娘道成寺でなくては満足できないのかについて、本論からの再検証。
女形ひとりの独壇場であれば、長身でも自由に踊れること。
玉さまの白拍子花子からは役の表現だけでなくて、玉さまが味わってきた梨園での愛憎とか、いろいろ感じること。
また、それらを感じるほど、玉さまの女形人生が白拍子花子(清姫)とオーバーラップして、見る自分の心を打つこと。

そして最後は・・・

「年齢などを考えると、もう玉三郎単独での京鹿子娘道成寺はかからないかもしれない。
それでも私は、いつかまた魂が乗り移ったかのような玉三郎だけの白拍子花子が見たいと願っている。」

という言葉でしめました。


見たいんです!
最近、二人道成寺とかで若手と一緒に踊るばっかりで、玉さま単独の道成寺がかからないんです!
ぼくは玉さまの白拍子花子が見たいんですぅぅぅぅぅぅぅっ・゚・(つД`)・゚・ ウェ―ン


ちゃんと書こうか書かずにすますか考えたのが参考文献等一覧。
レポートの中ではこれまでに見てきた玉さまの道成寺が鬼のように出てくるんですね。
全部で8公演。
とりあえず、全部書いておきました。
ちなみに、全部一幕見の当日券立見ですよ。
だって、貧乏だし。
だって、仕事してたらそんなマチネやソワレをまるごと鑑賞するような時間ないし。
でも、玉さまの白拍子花子だけはぜったいナマで見てきたんでございますよ。
玉さまが踊る白拍子花子は、意地でも全部見てるんですよ・・・マニアでございましょ?( ´,_ゝ`)イヒ

チケットの半券、ぜんぶとっといてよかったー。
さすがにいつ見たかまで、正確な日にちまで覚えてないですもん。
でも、これだけ書かれたら、先生、引くだろうなぁ・・・(|||_|||)


というわけで、ぼくの玉さまの白拍子花子への思いのたけを全力でレポートにぶつけてみました。
さて、吉と出るか凶と出るか・・・・・どっちにしろ、先生がぼくのレポートを読んで、ぼくの玉さまの白拍子花子への思いというか、執心というか、そんなものがちょっとでも伝わってくれたら嬉しいなぁと思います。はい。

2016年4月20日水曜日

今年度初単位GET!

健康と体力研究 合格~!
からの、今年度初の単位GET~ヽ( ´¬`)ノ



昨年度からの継続履修、体力測定ができなくてどうしようかと悩んだんですけど、体力測定しなくてもちゃんとレポート書けてれば大丈夫でした。

この科目は2人の先生のどちらかの先生を選んでレポートを提出します。
ぼくはたかはし先生を選びました。
なので、もうひとりの先生を選ぶ場合には、ぼくのブログはなんの役にも立たないと思います。


というわけで、添削~。

「日本舞踊とお稽古と日常生活の質の関係について考察しており、大変興味深く読みましたよ」

そうか、ぼくは「質」について考察してたのかー
言われてはじめて気が付いたですよ、あは( ̄▽ ̄;)

「日本舞踊を踊るときの運動強度を心拍数で評価したのと、お稽古とお稽古の間の期間における集中力持続時間を計測して、お稽古が日常生活の質に与える影響について検討した点は、とてもオリジナリティに富む視点ですね」

おお!オリジナリティとして評価してくださっているーヽ( ´¬`)ノ

「(ぼくのレポートの内容をうけて)筋力や移動能力などの指標を用いるとより一層日本舞踊の良さや特徴を見ることができたかもですね」

そういえば、自分の調査結果から導いた考察は書いたけど、指標や信用できる統計データとの比較検討のようなことはしなかったですね。
確かに、比較検討すれば、もっと深い考察になったなぁ・・・反省。

「今後とも長く日本舞踊を続け、日本舞踊と健康について実践していってくださいね」

はーい('ω')ノ

そうそう。
一か所誤字ってしまいました。


はっはっはー
心を転じてどうするっつうねん!心が「軽」く、の間違いでございます。
×印ぢゃなくて、マークなところに、なんか先生の人柄が見えた気がしました。


というわけで、なんかアットホーム感漂う添削でございました。
これで1単位。
やっぱり継続履修してよかったなぁ~(◜௰◝)

※先生の添削は著作権等を考慮してぼく語に翻訳コンニャクしております。

2016年4月19日火曜日

添削が教科書の先生ぢゃなかった(´・ω・`)

演劇史 通信課題1、合格~ヽ( ´¬`)ノ


4月1日に提出して18日に評価が出ました。
音楽論で即日評価が出るというサプライズの後なのでゆっくりに感じますけど、冷静に考えてみれば中2週間で添削してくださってるので、遅くもなく早くもなく、順当な感じでございます。

で、添削なんでが、教科書読んでファンになった教科書書いた今岡先生じゃない先生でした。
こじま先生・・・どんな先生なんだろう?
あんまりにも教科書が面白すぎたので添削に期待しちゃってたから、ちょっとガッカリっちゃガッカリなんですけど、こじま先生の添削はとても温かい感じのする、日本の伝統芸能への愛を感じる添削でした。


「能の解説書や入門書に「道成寺」についての記述が少ないという指摘は、言われてみれば、確かにそうかもしれませんね
或いは、詳しく解説し始めると字数が足りない…という事情もあるのかも知れませんよ」

字数が足りない!あー!それ考えなかったー(;・∀・)
そうですよよねぇ。
道成寺だけで1冊本書けちゃうっていうか、そういう本いっぱいあるくらいだもん。
“大作のわりに”扱いが小さいとか、そんな感じで書けばよかったかもかも。

「「道成寺物」の芸能については(略)『道成寺』(1982年、小学館)という分厚い大型本に、豊富な絵画資料や写真、詳しい解説・資料が載っていますので、是非一度読んでみてください」

せんせー、この本、持ってます(笑)
12800円もする超豪華本なんですけど、ヤフオクで値切って送料込み2000円で買いました!
もちろん、課題のレポート書くにあたっても熟読しました。
まさかこの本をオススメしてくださるとは・・・い、以心伝心?えへへ(〃´∪`〃)ゞ

「ついでに記せば、市川雷蔵、若尾文子主演の「安珍と清姫」や、川本喜八郎のアニメーション『道成寺』などの映画作品もありますので、これも是非比較鑑賞してみてください。」

市川雷蔵、若尾文子主演の「安珍と清姫」は知ってましたが(年齢バレバレですやん、ぼく)、アニメーションの『道成寺』は知らなかった!
自分もけっこう道成寺マニアだと思ってきたけど、先生のほうがさらに上をいく道成寺マニアかも・・・で、弟子入りしたい・・・♡

というわけでググってみました。
たぶんこれじゃないかな・・・





作品解説は川本喜八郎さんのオフィシャルウェブサイトにありました。
http://chirok.jp/product/00000000019.html

すごいですね。
なんか新しい文楽を見ている感じ。
新しさを感じるのに、これ、1976年に作られたアニメーションなんですね・・・驚きです。
川本喜八郎さん人形美術家なんですね。
1976年にこんな作品作られたなら、今はどんな作品を作られてるのかと思ってみてみたら、2010年にご逝去されていらっしゃるようで・・・生きていらっしゃるうちにこの作品に出会いたかったなぁ。


話がそれたので添削に戻りましょう。

「今回のレポートで、ただ一点残念なのは、筆者が考える「道成寺」ならでは「独自の魅力」とは、どのようなものなのか、筆者自身の言葉でさらに詳しく論じて欲しかったところです。」

えー、それ、言っちゃう?言っちゃいます?
私見や私情を押さえて論じるのはけっこう大変だったんですが、課題2は私情炸裂しちゃっていいってことなんですかね?
もう、そんなん、ぼく、課題2はがっつり自分ワールドで突っ走っちゃいますよ・・・(ΦωΦ)フフフ…♪

「「道成寺」ならではの特殊な様式は、作品内容(物語)とどのように関わっているのでしょうか?
或いはまた、この物語が、さまざまな芸能の題材となり、繰り返し演じ続けられているのは何故なのでしょうか?
「道成寺物」の不思議な魅力について、今後さらに考察を深めていってください。」

はい!これからも道成寺マニア道を突っ走っていきたいと思いますヽ( ´¬`)ノ


というわけで、課題2はどっぷりと「I LOVE 玉三郎's道成寺!」で参ります。
どんんだけ玉さまの京鹿子娘道成寺が好きか、歌舞伎舞踊の作品「京鹿子娘道成寺」の魅力、音曲としての「京鹿子娘道成寺」の魅力、そして何よりも玉さまの白拍子花子のすばらしさ!
たっぷり2000文字、書きたいと思います・・・
・・・((┗┓( ̄∀ ̄)┏┛))ウッシャッシャッシャッ

※先生の添削は著作権等を考慮してぼく語に翻訳コンニャクしております。

2016年4月18日月曜日

ぼくの脳みそには難しすぎる・・・

人間工学 通信課題1、提出~ヽ( ´¬`)ノ

ってか、この科目、やったらめっぽう難しくないですか?
色彩学やデザインマネージメントと同じく、レポートのみで4単位の科目なんですけど、色彩学もデザインマネージメントも、教科書が難しくても優しくかみ砕いて書いた参考書籍やウェブサイトがたくさんあって、なんとかかんとか理解が可能だったんですね。
なんですけど、人間工学は教科書も意味不明なら、探せど探せど参考書籍は教科書よりも難しいのばっかり・・・やっぱり算数できないのに「工学」なんてものを履修したぼくがバカだった・・・_| ̄|○

が!ただへこたれてても単位にはなりまへん。
ここは先に人間工学の壁を突破した屈強にして心優しい先人達にレポートを見せてもらったりして、自分なりに「これはこんな意味なのかもしれない」と勝手に解釈し、難しい計算式とかは見なかったことにして、なんとかそれらしくレポートをまとめました。
ウワサには教科書に書いてないことでも「それ、常識でしょ」で片付けられてしまうとか、学習指導書に書いてないことを求められて再提出とか・・・いろいろあるみたいなので、ここはチカラ7~8割で提出して、添削を見て再提出で完成させるくらいの感じでいかないと、とてもじゃないけど一度で合格はムリそうでございます。

というわけで、とりあえず提出してみました。


課題は「人間―機械系の適合性について、5つの側面について、それぞれ別の1例を挙げて考察せよ」で、条件は「5つの側面について、それぞれ1枚の写真(ピンぼけ写真不可)を用いて説明し、レポートは2000字以上2200字以下とする」でございます。

これ、序論と結論を極限まで削っても、本論で使える文字数が2000文字あるかないかなんですよね。
ということは5つの各側面は1側面あたり300~400文字程度しか使えないんですよ。
で、計測した数値を用いろとか書いてあるんだけど、計測値を記述するだけで平気でそれくらいの文字数になってしまって、考察書く文字数がないんです。
で、添付していいのは1側面につき1枚の“写真”で、そこに寸法などを書き込んだ“図版”などはダメという・・・
どうしろっちゅーねん、これ-il||li(・´ω`・。)il||li



*** タイトル ***
人間-機械系の適合性についてHMIの5側面からの考察

*** 序論 ***
私の勤務先は主に印刷物のデザインと制作(印刷)、お土産(食品を含む)の販売を行なっている。
本稿では日常の業務で触れる設備や機械、職場の環境をあらためて人間工学の視点から観察し、「人間-機械系」が業務の中でどのように適合しているかについて考察する。

*** 本論 ***
身体的側面
→富士ゼロックスの複合機

頭脳的側面
→IRISのラミネーター

時間的側面
→富士ゼロックスのプロダクションプリンター

環境的側面
→事務所の空調、天井照明、床材

運用的側面
→(業務予定と進捗が書いてある)ホワイトボード

それぞれについて、ほんのちょっとづつそれっぽいことを書きました

*** 結論 ***
HMIの5側面について個別に考察したことから、人間と機械の直接のコミュニケーションだけではなく、機械を使う人間と人間のコミュニケーションや、人間と機械の能力を最大限に活かすための環境も大切であると感じた。
そして、人間と機械はそれぞれが単独では活躍できず、5つの側面が相互に作用してこそ「人間-機械系」が適合し、業務が円滑に進むのだと考えるに至った。



なんか「そういうことを書いて欲しいんじゃなくてね・・・もにょもにょ」とか添削に書かれそうな予感でいっぱいでございます。はい。

2016年4月14日木曜日

祖母の代からのヅカヲタについて力説。

映像文化論 通信課題1、提出~ヽ( ´¬`)ノ

ってか、やっちまいましたよ。


あああぁぁぁぁ・・・でた!提出不受理!!!
理由は何かと思ってみてみたら「参考文献のファイルに何も記載されていません。ご確認お願いします。」とのこと。
で、提出した参考文献.txtのテキストファイルを確認したら、なんと!見事にファイルの中身が消えておりました・・・な、なぜだっ(;゚Д゚)
添付元のファイルを開いて確認してみたらちゃんと中身はあるのに、アップロードしたら中身が消えているという奇奇怪怪な事件でございます。

ってか、提出したあと、参考文献のファイル、ちゃんとファイルサイズも3kbかなんかになってたんですけどねぇ・・・おかしい。
今度からアップロード完了したらスクショとっておいて、また同じようなことがあったら事務局に証拠をもって問い合わせようと思いました。

ってか、今年もずっと「提出不受理」を見続けるのか・・・
やだなぁ・・・il||li(つд-。)il||li


課題は「写真」とは何かを、自身の体験をもとに述べなさい、です。
学習指導書には例として「写真特有の映像体験とは何かを考える」とか「自分にとって写真とは何かを考える」とあったので、ぼくにとっての写真について書きました。

「あなたにとって写真とはなに?」と聞かれたら、真っ先に頭に浮かぶのはご贔屓のブロマイドです。
家族の写真でも、自分が踊ったときの写真でも、小さい頃に思い出の写真でもなくて、ご贔屓の“ブロマイド”でございます。
ステージ写真でも、オフショットのスナップ写真でもなくて、宝塚歌劇団公式の、今ならキャトルレーヴで売っている、肖像写真ともいうブロマイド。これじゃないとあかんのです。
ブロマイドはヅカヲタの心の拠り所であり、人生の伴侶みたいなもんなんです。
・・・って、ぼくだけかもしれませんけどね。あは。

ウチは父方の祖母が大正の頃からの筋金入りのよっちゃん先生(春日野八千代)のファンで、死ぬまで「よっちゃん好きぃ~」とのたまっておりました。
母方の祖母は早世したため、母の記憶にも薄い人ですが、有馬温泉で芸者をしていて、よく宝塚温泉へも出張していた人でした。
歌舞音曲に囲まれて育った母は実の母の記憶もほとんどなく、自分は踊りもお三味もしないのに、両親を亡くして兄弟姉妹とともに徳島に移り住んでからもなぜかずっと宝塚ファンで、自分の旦那の母親が宝塚が好きと知ったときは「この姑とだったら私はやっていける」とガッツポーズしたとかしないとか・・・は、今だに母から聞かされる話なんでございますよ。

そんな三代にわたってヅカヲタな家に育ったぼくは、お腹の中にいるときから宝塚歌劇を見てきて、宝塚は当たり前に日常にあるものだったんです。
テレビを見るより当たり前に宝塚が側にあったんです。
そして、昔は今のようにいろんなメディア・コンテンツなんてなくて、字と劇画のようなタカラジェンヌの写真がのったプログラムか、瓦版のような広報誌か、ブロマイド写真くらいしかなくて、そんな時代においてブロマイドはご贔屓ジェンヌを私有する最良の手段だったんですね。
今ならスマホの待ちうけにしたりするんでしょうけど、まだポケベルもなく、家の電話がアナログの黒電話の時代です。
そんな時代、常にご贔屓とともにと思えば、ブロマイド写真を肌身離さず持ち歩き、手帳を開くたびにご贔屓を見てニンマリする。
持ち歩いていれば、あわよくばご贔屓に遭遇することがあったらサインをもらうことだってできる!かもっ!!!
(当時は今のようにファンクラブとかいろいろ厳しくもうるさくむなくて、終演後の劇場はなごやかだったんですよ)

玄関にご贔屓の写真を飾って、家族には無言でも、ご贔屓には「今日もいってくるわね、まっててね♡^ヽ( ̄・ ̄*)」とハートマークを送るんですよ。
もちろん枕の下にブロマイドを忍ばせて、ご贔屓の夢が見れるようにおまじないをする・・・そんなことを祖母の時代からずっとしてきたんです。
今どきこんなことする人はいないかもしれませんが、ほんのちょっと前までは、これって普通のオトメゴコロだったんですよ。
ま、うちだけかもしれませんが・・・、あは。


・・・というようなことを延々と2170文字書きました。
宝塚のブロマイドがぼくの腐女子力を育て、それは女三代にわたって我が家に受け継がれた血統であり、ブロマイドは家宝のようなもの。
そんなようなことを祖母のブロマイドにまつわる思い出をメインに延々と解いたレポートになりました。
ってか、これでよかったんですかね?・・・( ̄  ̄;) うーん

ま、ダメなら再提出になるでしょう。
再提出になったら、今度は自分のご贔屓のとびきりお気に入りの1枚について、延々とまた語りたいと思います。
うひひ( ´,_ゝ`)♪

2016年4月9日土曜日

即日で添削が返ってきた!!!(;゚Д゚)!!!

音楽論 通信課題1、合格~ヽ( ´¬`)ノ


・・・てか、添削、早くね?
4月8日の深夜にWEB提出
4月8日の朝イチで受理通知メール着
4月8日のお昼休み中に評価・添削が出る・・・って、どんだけ仕事早いんぢゃ!!! Σ(=゚ω゚=;)


添削の先生は教科書を書いた先生とは別の先生だったんですけど、この先生、ちょーお友達になりたいって思いました!
もうね、大好きですーぅ♡
添削読んで惚れました。
この先生にだったら、どんなにけちょんけちょんな講評でも許します。
だって・・・同じ日本の伝統芸能のお稽古をしたことがある人なんですものっ!!!
ここにはお稽古したことがある人同士にしか伝わらないものがあるのでございますよ。
少なくとも、ぼくはあると常々思っているですよ。

日本の伝統芸能っていろいろあるぢゃないですか。
能、狂言、日本舞踊、歌舞伎、文楽、落語・・・あげはじめたらキリがない。
なのに、日本の伝統芸能をきちんと先生について習ったことがある人、経験をしたことがある人って、なかなかにして出会うことがないんですね。
そんな現代で、まさか、添削してくださった先生がまさに経験者であったというだけで、ぼくはもう、嬉しくて仕方がないのでございます。

というわけで、興奮しまくって前置きが長くなりましたが、添削です。
(注意)若干、ぼくのコメントは興奮ゆえに錯乱しております


「日本舞踊をされていること、(略)、「間」に着目され、よく学ばれよく思索されたことなどが、興味深い論述の展開に繋がりました。」

興味深いって言ってもらえた!嬉しいぃぃぃヽ( ´¬`)ノ

「どんなに声が良くても、容姿に恵まれ静止画としての型・所作が美しくても、「間」の悪い役者の演技、奏者の演奏は鑑賞に堪えません。

同感です!激しく同意!!!はげどーーーーーーーっす( ̄ε=‥=з ̄)

「能の稽古をしている時(以下略)」

な、なんと!お能のお稽古をされていらっしゃったとは!?!!!
Σ(- -ノ)ノ エェ!?Σ(- -ノ)ノ エェ!?Σ(- -ノ)ノ エェェェェェェェェ~!?
そんな先生に、能ネタのレポートを書いたのか、ぼくは・・・なんたる不覚。なんたる越権行為・・・なんたる偶然!!!
もう、鼻血ふきそう・・・( ̄TT ̄)ぶー

「鼓の音は「間」を区切り、「間」の存在を浮き立たせ、「間」の性質を示すためのもの、といったことを説かれました。」

すごいわかります。
その「間」という存在をどれだけ感じられるかが大事なんですよね。
そこを一生感じられない人、幼少の頃からお稽古しているなど本能的に感じられてしまう人、大人になって理論を学ぶことで感じられるようになる人、そもそもまったく感じようとも勉強しようとも思わない人・・・そこにお稽古がどうその人の芸に生きるかの分岐点があると、常々思うんですよ。

うちのお稽古場に、師匠のファンで、師匠のお稽古が受けられるだけで満足という人がいますが、その人はどれだけ長くお稽古を続けてもまったく上達しません。
でも、仕事が忙しくてあまりお稽古にこれないけど、お稽古にきたときはどんなささいなことでも吸収しようとし、普段から本を読んだりテレビで放送される上手な舞踊家の踊りを録画しておいて見たり、いろいろ努力している人は、たまにしかお稽古にこないけど確実に何かを吸収していくんですよ。
師匠が何かを説いたとき、それを理解できるかできないかは、日頃の本人の心持ちだったり努力だったりするし、何よりもその芸能をどれだけ好きかということだと思うんですね。
先生は、プロとしての能楽家を目指したわけではないにしても、お稽古の中でちゃんと吸収してきた人で、そういうお弟子さん(であった人)というのは世の中けっこう貴重だったりするわけで、ぼくにしてみれば「貴重な人とこんなところ(添削の文章という場所)で接点がッ!(ノ・ω・)ノ」という感動になるんです。


あー、先生、会ってお話してみたいよぉぉぉぉぉぉ。・゜゜・(>_<;)・゜゜・。♡


ほかにも先生が能のお稽古をされて学ばれたこと、感じたこと、それだが音楽という学問にどう生きているかなどを書いてくださいました。
音楽論としてはもちろん、日本の伝統芸能を学び習う者として、目からウロコなことがたくさん書いてありました。
ぼくの貧弱な脳みそでは「なんとなく感じる」ということを、きちんと理論だってて、言葉で、明確に教えてくださいました。

・・・って、なんか音楽論の添削というより、日本伝統芸能を踊る(舞う)人のための添削、みたいです。
ありがたい添削・・・骨身に沁みます~(*´∇`*)


「「能楽堂のハルモニア」説は面白いですね。(中略)「天体のハルモニア」から「能楽堂のハルモニア」を想うという発想の柔らかさと伸びやかさはとても良いと思います。」

あ、ぼくの感じたこと、想像したこと、理解してくださったみたいです。
やった~ヽ(=^・^=)ノ

「今後もsizuさんの中に広がる思索を思いのままに言語化されますように。」

はい!
心の思うこと、感じることに正直にいきたいと思います♡♪♡ヽ(^◇^*)/ ♡♪♡


※先生の添削は著作権等を考慮してぼく語に翻訳コンニャクしております。

2016年4月8日金曜日

見えないし聞こえない「間」は音か?

音楽論 通信課題1、提出~ヽ( ´¬`)ノ

タイトルからもご想像いただけるかと思いますが、演劇史の通信課題1に引き続き、音楽論の通信課題1でも能の道成寺で攻めてみました。

・・・・・だってね、チケット代高かったんですよ~(゚゚゚iii゚゚゚)
一応人間国宝の人が「これが最後の道成寺かも」みたいな噂があった特別公演で、チケットも入手困難で、えらい大変だったんですよ。
それを見たからには、その経験はフル活用しないと、毎度毎度公演チケット買ったりしてたら、ぼくの体力も脳みそも財布も破産しちゃいますってばてばてば・・・

というわけで、こんなレポートになりました。

ちなみに、課題内容は「教科書「序章~第1章」に記されている音楽家、楽曲、術語、内容などと関連づけて独自のテーマを設定し、論述する。」でございます。ちなみに○章~○章の数字が変わるだけで、課題2・3・4もおんなじ感じです。


*** タイトル ***
日本の伝統芸能音楽における「間」は音であるかについて


*** 序論 ***
私は日本舞踊を習っているためか「間」という言葉をとてもよく耳にする。
お稽古では「間」は音と同じようにタイミングを合わせるべき時間という意味を持っている。
西洋音楽にも「間」はあるけど、「間」は日本の伝統芸能の特色であり、表現する人においても鑑賞する人においても大切な要素だ。
そんな「間」は音なのか。
「間」は音楽を構成する要素なのであろうか。
本稿では能『道成寺』から「間」について論じる。

*** 本論 ***
なぜ「間」を論じるにあたって能『道成寺』を選んだのかの理由。
乱拍子の長い「間」にまつわるウワサ。
ウワサの検証。
検証してわかったこと、考えたこと。

*** 結論 ***
天体のハルモニアを音楽というなら、能は能楽堂のハルモニアといえるんじゃないか?ということ。
天体のハルモニアは見えないし聞こえないけど理論上音楽だと言ってるなら、「間」も見えないし聞こえないけど(検証の結果から)確かに感じるものであるんだから、「間」だって音だと言っていいし、音である以上音楽の構成要素でもあるのだという持論(結論)。



音楽論のレポートって「考察しなさい」じゃなくて、「論じなさい」なんですよね。
今まで履修した科目にも「論じなさい」ってあったのかもしれないけど、2年間ずっと、なんでもかんでも考察しまくってきたので、「論じなさい」のレポートの組み立て方にとても苦労しました。
でも、「考察しなさい」と同じように、繰り返しすればパターンが読めてきそうな感じはします。
次の課題2から4まで、全部「論じなさい」パターンなので、この科目で「論じなさい」形式の書き方(考え方)を身に着けられたらいいなーと思いました。

------------
今回の費用

※演劇史通信課題1と使いまわしたので経費ゼロ!v( ̄ー ̄)v

2016年4月6日水曜日

日本舞踊をネタにしてみた

健康と体力研究 レポート提出~ヽ( ´¬`)ノ

この科目はレポートだけで1単位とれるので、なかなか美味しいですのぅ・・・うほほ♪
ぼくは体力測定ができなくて、体力測定のデータの利用ができないってことで、継続履修するか悩んだんですけど、学習質問の結果、体力測定できなくてもOKだったので、継続履修にしました。


学習質問の内容はコチラ
『体力測定ができない件』
http://sizu1974.blogspot.com/2016/03/blog-post_2.html

学習質問の回答はコチラ
『回答がきたぞ。』
http://sizu1974.blogspot.com/2016/03/blog-post_9.html


というわけで、ぼくは日本舞踊のお稽古をしているので、日本舞踊のお稽古がどんだけ健康と体力に影響し、また貢献しているかということをレポートにしました。


測定データは「心拍数測定結果」「集中力測定結果」「体重と食事の記録」3種類。
それぞれのデータから「だから健康にいいんだよ」「だから体力維持やコンディションの維持に効果的なんだよ」「さらにお稽古によって精神的にもよい効果があるんだよ」ということを書きました。

最後に「検証と考察を通じ、これからも楽しみとしてだけではなく、QOLを低下させず心身ともに健康に生きていくためにも、日本舞踊のお稽古を続けていこうという思いを新たにすることができた。」でしめくくっておしまい。
若干「日本舞踊とはどのような運動か」のレポートっぽくなってんだが、大丈夫かなぁ・・・むうぅ・・・( ̄  ̄;)

2016年4月1日金曜日

演劇史から新年度スタート!

演劇史 通信課題1、提出~ヽ( ´¬`)ノ
あ、もちろん継続履修した分でございます。

いやぁ~演劇史、楽しいですねぇ!
ってか、個人的な趣味が暴走しまくりです。
教科書に始まり、レポートの参考資料を探していたら面白そうな本が次から次へと出てきて、レポートに関係ないのに読みまくってしまい、バカみたいに時間をかけてしまいました。
やっぱり歌舞伎とか能とか、舞台芸術系の日本伝統芸能全般が、ぼくは好きなんだなぁと、つくづく実感しましたですよ。

日本伝統芸能とか興味ない人にも、演劇史の教科書は面白いと思います。
すごい簡単な日本語で親しみやすく書いてあります。
通読して記憶に残ってるのが・・・

祭祀と宴会で踊るオジサン
猿楽でタモリのイグアナ芸
歌舞伎発祥でモー娘。
さらに「モー娘。がダメならジャニーズで」。

・・・ってか、教科書の内容、これしか記憶にないwww
でも、すごくわかりやすい!ってか、読み物として面白いし楽しい!!!

著者は演劇史担当の今岡謙太郎先生。
先生については武蔵美通信4月号にも載ってますが、ムサビのウェブサイトにもっと詳しく載ってました。

武蔵野美術大学 専任教員プロフィール集
http://profile.musabi.ac.jp/page/IMAOKA_Kentaro.html

こちらに載ってらっしゃるということは、通学にも演劇史って科目があるんでしょうねぇ。
で、「自己紹介、のようなもの」に、こんなことが書いてありました。

「一旦は噺家になろうかと考えたものの、自ら才能のなさに(薄々は)気付いていたのか断念して大学院へ。(ウェブサイトより抜粋)」
・・・いや、教科書を読む限り、才能あると思います!
普通なら辟易するような内容をこんなにオモシロく、そしてわかりやすく書けるなんて、すばらしいです!
この先生だったら、通学で直接講義を受けてみたいな・・・と、心底思いました。


というわけで、レポートですが、ぼくは能の「道成寺」という作品について書きました。


*** タイトル ***
能「道成寺」の魅力と能楽作品の中での扱われ方についての考察

*** 序論 ***
小学校6年生のときにはじめて能の道成寺を見て衝撃をうけたこと。
それ以来「道成寺」には特別の思い入れがあること。
道成寺という作品は、チケットも入手しづらいし有名だしするのに、能の学術書などでは他の作品と同列またはそれ以下の扱いで、あまり大々的に扱われないこと。
↑ということから、道成寺がなんで能のスタンダードではないかについて考察する。

*** 本論 ***
自分が大好きな「乱拍子」も「鐘入」も道成寺にしかない演出であること。
「道成寺」には↑のほかにも、能作品で最大の作り物の鐘や、その鐘をつるす金具が「道成寺」のためだけにあること、シテ(主人公の役者さん)が鐘の中で着替えることなど、他の能作品にはない異例のことだらけであること。
そんな異例のところに自分は面白さを感じていること。
「道成寺」を扱った著作で、「道成寺」の形式が専門家の意見が分かれていること。

*** 結論 ***
あらためて「道成寺」を鑑賞して、本論に書いたことを再確認したこと。
異例のことが多いが、そこがこの作品の魅力であること。
だから「道成寺」は人気演目だけどスタンダードとして能そのものを語るにはアウトローすぎちゃったんだと考えたこと。


小学校6年生のときに見た舞台の情報を探すのにけっこう苦労しました。
あと、道成寺という演目は大作なので、定例公演(定式能)ではなかなかかからず、特別な公演でかかることがほとんどなんですね。
今回チケットを入手するのが本当に大変でした。

というわけで、自分の好きで得意な分野の科目での新年度スタート!
なんだか幸先いい気分でございます((´I `*))♪ルンルン

------------
今回の費用
3月梅若会特別公演「道成寺」のチケット代12,000円
チケットを取り次いでくれた人へのお礼の菓子折り代3,240円

スクーリングの申し込み完了!

2016年春期第1回のスクーリング申込み手続きを完了しましたですよヽ(ΦωΦ*)ノ

3年生になったので、はぢめての専門科目のスクーリングです。

マルチメディア表現
5/21・22 6/4・5@吉祥寺


2014年に入学してからスクーリングなどで出会った同期のお友達たちのほとんどが留年してしまいました。
一緒にコミュデ3年に上がれた同期は、ぼくが把握している限りでは大好きなお友達ののぶさんだけです( ;∀;)
全部の専門科目のスクーリングをのぶさんと一緒できるわけでもないわけで・・・
今から今年度のスクーリングが、新たな出会いにワクワクする反面、不安で不安で仕方ありません。
ご一緒の方、こんなぼくですけど、どうか仲良くしてくださいです。
よろしくお願いいたします(。-人-。)


------------
本日の費用
春期第1回スクーリング代:26,000円
B票送付代:82円

※みずほの窓口で振り込んだので、振込手数料はタダ!

総評がでても2015年度が終らん・・・

2015年度のデザインⅡの総評がやっとでました。
単位や評価は3月初旬に出ていたんだけど、まさか総評がここまで遅いとは思いませんでした。
あんまりにも遅いから、事務局に問い合わせをしてしまいました。

-------------------------
デザインⅡ総評について

2015年度「デザインⅡ」の遠隔授業についてですが、クラスルームの情報掲示板によれば2015年11月30日に「 2016年3月、教員の総評記述提出にて授業を終了します。」と記載があります。
本日3月29日で、3月も残り数日ですが、いまだ総評がありません。
すでに総評はなされているのでしょうか。
それとも私の閲覧環境の不具合で総評が見られないだけなのでしょうか。
-------------------------

それに対してのご返答はこちら。

-------------------------
Re:デザインⅡ総評について

「デザインⅡ」の総評ですが、
今月末までには行いますので、
もうしばらくお待ちください。
-------------------------

本当に今月末"まで"に総評が出ましたねぇ。
ムサビ通信では"まで"といったら、本当にギリギリの時間までに間に合えばよろしいということなんでしょうねぇ。
ちなみに今回は総評だけで、制作したWebサイトの個別の講評4月中旬"まで"出るそうです。
なんというか・・・もう卒業しちゃった人も履修している人の中にはいると思うんですよね。
卒業式も終わって晴れ晴れとした気持ちになるには、まだまだ時間がかかるって・・・ぼくだったらすっごいイラっときますねぇ。
ってか、お返事メールの謎の改行が気になりますねぇ・・・これ、ビジネス文書でやったらダメなやつですよねぇ。ねぇ。ねぇ。

というわけで、まだぼくの2015年度は終わらないのでございますよ。はい(´・ω・`)

総評ですが、約4500文字に渡って書いてくださっています。
先生はまるた先生。今年度履修したコンテンツデザインの先生でもあります。
コンテンツデザインをやる前に同じ担当の先生の総評を見れたのはラッキーヽ( ´¬`)ノ

内容はこんな感じでした。

まず、「課題全般について」で、最初に自己紹介ファイルアップされた人の人数、その次の企画書提出者の人数、そして最後の通信授業課題にあたるWebサイト制作まで提出した人の人数の報告がありました。
自己紹介をやった人の中から最後のWEB制作までたどり着いて評価の対象になったのは6割くらいの人数でした。
半数近く脱落していってしまったんですねぇ・・・企画書通った方なんかはちょっともったいない感じがしました。

次に、デザインⅡという科目の特徴や、評価の基準などの解説がありました。
評価はまるた先生と、もうおひとりコミュデのうえはら先生が一緒にされたそうです。
採点は、企画書とWEBサイトを参照しながら「Webサイト制作の3つの要素」「Webサイトのチェックポイント7項目」を基準としたとのこと。
このあたりは昨年度までとほぼ同じ感じの内容でした。

次にWebサイト作品についての、おふたりの先生方の感想や意見について書いてくださっています。
分量があるので、少しキーになるところだけご紹介しますと・・・

「まず、Webサイトを拝見して多く上がった疑問は、「このWebサイトは誰に向けているのか?」でした。」

ターゲットの見極めはWEBに限らず、デザインの世界では大事なことですよね。うん。

「次に、多く上がった意見は、「Webサイトの情報、文章、写真やイラストなどの画像は、どこまで本人が作成したのか?」でした。」

引用元が書いてなかったり、中には無断掲載していると思われる画像が多く見受けられたようです。
著作権関係は、やっぱりデザインの世界では大事なことですよね。うんうん。

「次に、多く気になったことは、Webサイトの写真やイラストの画像についてです。(略)画像の重さや通信速度の負担を感じることがありました。」

適正な画像処理はWEBデザインでもDTPでも基本ですよね。うんうんうん。


「情報の取り扱い方は「情報をデザインする」ということであり、(以下略)」

そうそう。WEBデザインって見た目きれいならそれで良しではないんですよね。
中身がデザインされていてはじめて外身のデザインができてきてくる。
このあたりはコンテンツデザインでも求められる内容かなーと思いました。


最後に「デザインIIを受講した皆さんへご報告」とうことで、1月に次の世界へ旅立たれたたかお先生のことに触れられています。
学生への報告がこのタイミングになったのは大学の方針とのことです。
なんか先生同士の間柄が垣間見える、ちょっと読んでてホロリとくる内容でした。

最後に、「終わりに、昨年度のデザインIIの総評より、高尾先生の言葉を一部引用して追記します。おそらく、高尾先生がお元気だったら、最後にこのような言葉を受講生のみなさんへお伝えするように思います。」ということで、高尾先生の言葉で総評はしめくくられました。


なんといいますか・・・全体的に先生方のお人柄とかを感じる総評でした。
総評の中でも、技術面やデザイン・表現面での内容は、WEB制作やデザインの基本のことがほとんどでした。
ただ、なんとなくですけど、Webサイトのチェックポイント7項目のトップ項目が「テーマの斬新さ」だったりするところが、学生らしいのびのびとした発想を大事にしてくれる科目のように感じました。

なんだか後味がとても滋味深い総評でございました。

※先生の添削は著作権等を考慮してぼく語に翻訳コンニャクしております。