2016年11月21日月曜日

禅問答の答え

3日目、最終日。
泣いても笑っても15時には紙の作品とパワポのスライドを提出しないといけまへん。

まず、亀裂の3種類の線を種類ごとに「量」にしてみました。


これは壁面を平面として見たときの、亀裂ひとつひとつy方向の中心を全部0にしてみました。
うーん、なかなかいい感じに「だからなんなんだ?」ってカンジですねー。

次に「長さ」にしてみました。


これは亀裂の線のひとつひとつを、x方向の左側の端点の亀裂のパスから順番につなげていきました。
うーん、なかなかいい感じに「だからなんなんだ?」ってカンジですねー。
すさまじい時間と労力のワリにできてみると「ふぅ~ん( ´_ゝ`)」ってところが、禅問答課題にふさわしいぢゃないですか!w

ここまでをいしづか先生に見てもらって、相変わらずいいんだかわるいんだかなんなんだかよくわかんないんだけど、とりあえずいいということにして作業を進めました。

紙は現地の壁の状態(コンクリート壁の表面がペンキ塗装された状態)に似たかんじの柔らかめの紙を用意しました。
紙はアラベールのスノーホワイト。
本当はビオトープにしたかったんだけど竹尾に買いに行く時間がなかったので、会社の在庫してる紙の中から一番イメージが近くてインクジェットに適した紙を選びました。

竹尾:アラベール
http://www.takeo.co.jp/finder/main/araveal.html


冊子の部分は菊111kg、蛇腹折りするところは菊62.5kg。
結果的には蛇腹折りのは一番薄い菊48.5kgにすればよかったです。

柔らかい紙にインクジェットなのでインクの滲みや沁み込みを考慮しました。


アラベールにサンプルを出力して線の太さと濃度の間隔が同じになるように調整しました。

最後は中綴じ製本して、「長さ」の蛇腹折りのやつを最後のページに貼り付けて完成!


表紙は真っ白。
亀裂ができる前はこんな真っ白な壁だったって意味を込めました。
先生は「亀裂ができる前の真っ白な状態をなにかで表せないか」っておっしゃいましたけど、「何もない」状態を何かを表示することで表現するなんてできないし、ないもんはない!
やるなら元にした写真をレイアウトするか、なんかタイトルらしい文字を表示するか・・・そんなくらいしか思いつかないけど、どれもこれもなんかデザインしちゃう感じがイヤで、真っ白なままにしました。
これは講評でも「やっぱりなんか(表紙らしく)あったらよかったかも~」ってショボーン(´・ω・`)されましたけど、ぼく的には真っ白で満足です(゚∀゚)


本のとこ。


最後の「量」からの「長さ」は超ロングになりました。




最後の最後に15分くらいでパワポのスライドショー作って制作は終了。
ぼくはパワポ使えないので、冊子のページをそのままスライドにしてフェードでスライドさせて終わりにしました。
表示させる時間やフェードさせる時間を工夫したり、スライド用に画像を工夫した人もいましたけど、ぼくにはそんな技術も時間もなかったので、単純に2秒表示→2秒でフェード切り替えを延々くりかえしました。
それでもまぁなんとかなったので、パワポ使えない人もこれは(;・∀・)ダ、ダイジョウブ…なはずです!


そして怒涛の講評でございます。
一人づつ、紙の作品とスライドショーを発表していきます。

禅問答課題だからなのか本当にみんな作るものがバラバラでバラエティに富んだ作品が揃いました!!!
自分の作ったものも含めて、どの作品が良くてどの作品が(-ω-;)ウーンなのか、講評を聞いた今でもわかるような、わからないような、でもわかる・・・って言いたいけどやっぱりわかんなーい( ̄_J ̄)って感じです。
そんな曖昧ではあるけど、どれもこれもみんな面白かったです。
面白いか面白くないかだけは、ハッキリとわかります(`・∀・´)エッヘン!!


この禅問答課題を6日間やって、禅問答は禅問答だったけど、答えではないんだけど、ちょっと気が付いたことがあります。
先生は「言葉」をとても大切にしていました。
1日目の演習、2日目の演習、3日目の演習、後半の制作発表、みんなの前で何かを発表したりするとき、先生はその発表の中で話したことの中の言葉をつぶさに書き留めていました。
最終講評では「もっとこんな言葉がでてくるようになったらよかった」みたいな感じのことをよく言っていました。
最終発表に至るまでの間にも、先生は「sizuさんはこんな言葉が出てくるようになったことは収穫だよね」「その言葉はどんなものかがきっとあるよね」なんていうアドバイスがありました。
聞いたときは禅問答で頭パニックだったけど、冷静になって考えてみたら、言葉というものの意味や言葉にすることの大切さがわかった気がします。

前半と後半の間に少しでも禅問答の答えが見えないかと読んだ本の中に、こんなものがありました。



この本に「生きている言語」という章があって、冒頭でスチュアル・シャーズさん(人名なのか?)の言葉が引用されて掲載されています。
その引用にこんな言葉がありました。

「よい言葉は(中略)相互に伝達しあうのに役立つだろう」

ムサビ通信で学ぶようになって、デザインとは何かを考えることが多々ありました。
ぼくなりの解釈では、デザインとは伝達するひとつの方法です。
伝達するということ、つまり、デザインと言葉は切っても切れない関係。
だからこそ、今回のような禅問答な課題であっても、自分から生まれた作品というものについて、演習をした結果について、語る言葉は大事なのだということがわかりました。

というわけで、禅問答の答えは見つかりませんでした。
けれど、いろいろ考えさせられたというか、禅問答の答えの兆しを掴みかけた気がするような、でも、この体験をしなかったら兆しさえも知らないままだったであろうスクーリングでございました。


最後に、今回も一緒だったのぶさんのブログ。

グラデザ1前半
http://blog.livedoor.jp/happygolucky1969/archives/52511072.html


グラデザ1後半
http://blog.livedoor.jp/happygolucky1969/archives/52511089.html


同じ体験をしたのに、ずいぶんアウトプットが違う。
けど、でも、禅問答の答えがお互いちょっと見えてきたのがわかります。
こうやって同じ山を登った仲間の存在はありがたいもの。
のぶさん、今後ともよろしくね(*´ε`*)ちゅー

テーマとスケールって、なんだ?

グラフィックデザインⅠスクーリング 後半。

1日目は講義があって、その後制作。
前半3日間の3つの演習をふまえて、後半3日間で作品を作ります。
お題は「今まで(前半)にやった「時間を探す」「時間を分類する」「時間を抽出する」の中から、時間に関するテーマ・スケールを見つけて作品を制作してね」でございます。
ひとつは紙媒体。
A3二つ折り(仕上がりA4)であれば基本的になんでもOK。
もうひとつはパワポでスライドを作ります。


前半の禅問答のような講義に引き続き、後半もさらに禅問答。
ちなみに2日目も最終日も、全6日間、必ず1回は講義の時間がありました。
前提講義以外はほとんど制作や作業、実習というスクーリングが多い中、今回みたいに毎日少しづつ座学で新しい何かを教わっていくというのは新鮮だし、一度にどかーんと講義をされるよりも一晩考える時間もあったりしたのでよかったです。
毎日が禅問答との闘いの中、直接制作の作業に関係しないことでも座学の講義をうけることで新しい考え方やものの見方ができたように感じました。

1日目の制作は、前半の最後にトレースした壁だと亀裂と亀裂ではない部分が曖昧なので、よりキレツキレツした壁を求めて学校をさまようことから始まりました。
そして、あらたに写真を撮って、亀裂の形を正確に抜き出していく作業です。



ひたすらピクセルが見えるところまで拡大しては亀裂の線を忠実にパスをとっていく作業。
一日中、ばかみたいにポチポチ作業しました。

なんでこの作業からやったかというと、テーマを見つけたかったんですよ。
亀裂は対象、時間は条件。
どちらもテーマではないと思ったんですよ。
だから、まずは亀裂の写真から亀裂の形を忠実に抽出することで亀裂の時間の中にあるテーマが出てこないかと思ったんですね。


2日目もまず講義があって、その後はがっつり制作TIME。
2日目は午前中でいしづか先生がいなくなっちゃって、しらお先生が入れ替わりでいらっしゃいました。

いしづか先生がいなくなっちゃう前にポチポチ作業したのを見てもらって、先生との禅問答のような会話の中から「とりあえずやってることの方向は間違ってないだろう」という微妙な感触を経てお昼ごはん。
その後、しらお先生がいらっしゃるまでに見やすくなるように色分けしたりしてみました。


あと、最終的に製本するので、紙に出力してみました。






ここでしらお先生にみていただいてお話ししていく中で、無意識にデザインしてしまっていることが発覚。

今回の課題は「対象が本来的に持っている時間」を作品にします。
ぼくの「亀裂」の場合は「形」であり「線」です。
色分けして見やすく、意図を伝わりやすくしたということは、色に何かの意味を持たせているということで、それはデザインだし表現で、対象が本来的に持っているものではないんですよね。

先生「ということは、色、いらないよね」
ぼく「ということは、色、いらないですね」

ということで先生と意見がユニゾンしたので、色を排除しました。


あと、亀裂を追っていく中で見えてきた「将来なくなる面」がありました。
色分けしたときに黄色に塗ったところです。


今ある亀裂の線と、めくれている(浮いている)部分から、今はないけれどこのまま劣化が進んだらここにこういう線ができて、結果としてこの面は将来剥がれ落ちてしまう部分が見えたのです。
それをぼくは面(塗り)で表現したんだけど、この「面」に違和感があるとのご指摘をうけました。

でも、そこは未来で現在じゃないから、ここだけ面で異質でもいいかな・・・と思って、これは最後まで押し通してしまいました。
ってか、ほかに将来的に剥がれ落ちてしまうであろう部分の形状を示す方法が見つからなったんですよ。
先生的にはなくてもいい感じだったんだけど、それはイヤで、どうしても入れたかったんですよ。
で、わがまま押し通してしまいました。

これは最終的な講評でいしづか先生にもしらお先生にもダブルで突っ込まれたんですけど、浮きやめくれという高さや想定される未来の線をどうしていいか他に方法を思いつかなかったので、そのまま面でやりましたって言ったら、先生方がちょっと(´・ω・`)ショボーンな顔してました。
でも、どうしたらよかったかという答えは、やっぱりありませんでした。


さすが、禅問答課題!!!


あと、ここまででもよかったんだけど、どうしてもやってみたくなったことをやりました。
この禅問答課題は「時間に関するテーマ・スケールを見つけて作品を制作」でございます。
亀裂のパスをとったことで「テーマ」はなんとなく浮き出てきたと思うんですけど、どうにも「スケール」が兆しさえも見えてきません。
まぁ、ここにいう「スケール」が何なのかもまた禅問答というかわかってないんですけどね(;´∀`)

わかってないんですけど・・・

・亀裂の3種類の線を種類ごとに「量」としてみること。
・さらに「長さ」としてみること。

・・・これをしたら、何かそこに時間のスケールが見えてくるような気がしました。

そして、安定の持ち帰っての深夜作業を経て、朦朧とした世界に昇る朝日を見ながら最終日に続くのでございます・・・(続く)

禅問答のヒントがあった本

グラフィックデザインⅠスクーリング。

前半と後半の間の4日間、禅問答の答えの兆しだけでも見えたらと、いくつかの文献をあたりました。
前半の講義の中ででてきた著書の著者の中で、一番身近に感じたというか、感覚的に「あ、この本ならぼくにも少しは理解できるかも」と思ったのがブルーノ・ムナーリの著書でした。

ブルーノ・ムナーリについてはこちらをご参照いただければと・・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AA
(Wikipedia)


ムナーリさんは絵本作品が有名みたいです。
が、ムナーリさんはWikipediaにも書いてあるとおり「多くの顔があるため、その全体像が掴みにくい」人だと思います。
アーティストだけどアーティストじゃなくて、デザイナーだけどデザイナーじゃなくて、絵本とかあるけど意味不明な絵のない絵本があったり・・・存在そのものが禅問答みたいな人だと、ぼくは感じました。
そんな禅問答みたいな人が書いたデザインやコミュニケーションや芸術についての著書なら、ぼくが行き詰った禅問答の答えのヒントがあるかもしれない。
そう思って、中間期間の4日間でムナーリさんの本を寝る時間を削って読んでみました。
読んだ本の中で読んでよかったなと思った(このブログを書いているのはスクーリング全日程終了後です)が、まずこの本。


この本の「成長と爆発」という章。
このスクーリングは「時間」がテーマです。
ぼくは選ばなかったけど、前半で「苔」や「植物」「くもの巣」などの生きているものに時間を感じて、それを演習の題材にしている人がいました。
ぼくが題材として「罅(ひび)・亀裂」も、一定の時間の中で亀裂が深くなったり広がったりするという部分では植物に似てます。

「成長と爆発」のところをを読んで、類似性について、ただ「あぁ、似てるな」ではダメで、似てると思う双方について一定のデータ(形、造形、数値、法則など・・・)の一致が必要なんだということがわかりました。
その観点で調査・検証したら、ぼくが前半最終日に「罅(ひび)・亀裂」に感じた「扇状地の創生の過程に似てる」「雷に似てる」といった「似てる」というものは、データにおいては似ていないことがわかりました。

この科目は「グラフィックデザイン」です。
なんですけど、あとあと先生とお話をしていたら(今になってみたら)、これは「グラフィックデザイン」ではあるんだけど、「グラフィック」+「デザイン」ではなくて、「データグラフィックス」という、デザイン以前の、まったく次元が別の基礎概念だということがわかってきました。
デザインを仕事でするにはあんまりいらないけど、デザインをするなら身についておいてほしい概念、考え方、造形と言葉の関係・・・だから、デザインだけどデザインじゃない。でも、やっぱりデザイン。
そんなところが禅問答なんだって思えるようになりました。


あと、もう一冊、読んでおいてよかったムナーリさんの本。
もしかしたら、こんな本をスクの前に読んでおいていたら、前半の先生の講義がもっともっと理解できたかも・・・って思った本です。


今(このブログを書いている時点では)はもう全日程が終わりましたが、この本は折を見てもう一度熟読したいなと思ってます。
前半の講義の中で「プログラム」なところに???になった人とか、デザシスでこのグラデ1をとった人には、きっと面白いし、ぼくは読んでおいてよかったと思いました。
直接的に後半の制作物に影響するわけではないけれど、後半、何をしたらいいのか、わからない(わからなかった)なりにとりあえず手を動かしたり作業したりするきっかけ、つまり、手も足も出ないんだけど手の先のツメの先くらいは動かせるかも?っていうようなヒントが、この本にはありました。


そんなこんなで本を読みつつ、禅僧の修行の後半を迎えたのでございました。・・・ってか、このブログの記事まで禅問答みたいになってきてる・・・。。゛(ノ><)ノ ヒィィィィィィ

2016年11月14日月曜日

デザインの禅問答

グラフィックデザインⅠスクーリング前半。
先生は通学のほうでも教えていらっしゃるいしづか先生。
なんかオシャレな感じとかヒョロっとした感じとか、すごいデザイナーっぽい感じの先生です。

物腰おだやかで優しくてなんでも(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪って聞いてくれる。
絶対に否定も拒否もしない。
たまに天然ボケかましたりして、何気にかわいい。
人柄の良さがにじみ出るというか、ほんとにいい人!
もう、先生、大好きー(*´﹃`*)うへぇ♡

なんですけど、授業の内容そのものが、ぼくにはツラい・・・
先生の講義も、演習でやることも、ぼくの脳みそにはどうにも雲を掴むような霞を食べるようななんともいえない・・・そう、禅問答みたいな感じでございまして・・・

正直、3日間で何やったの?と言われたら、

1日目「時間を探して写真を撮る」


2日目「1日目で探した時間を分ける」


3日目「2日目をふまえて一つに注目して時間を読み取る」



なんですが・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁ
書いてる今でさえ何やったんだかよくわかんねえぇぇぇぇぇぇぇ(;´д`)


これまでも意味不明だったり難しかったりしてブログ書くに書けない課題やスクーリングはあったけど、それでも文句なりそれなりに感じたことなり考えたことなり、もしくは作ったものの結果の報告だったりできてきました。
しかーし!今回ばっかりはそれさえもできないという・・・いまだかつてない空虚感というか・・・なんも出てこねえ(°ω°)



【禅問答】
禅僧が悟りを開くために行う問答。修行者が疑問を発し、師がこれに答えるもの。転じて、真意がとらえにくい問答・会話。
引用元:goo辞書(http://dictionary.goo.ne.jp/jn/127631/meaning/m0u/


【公案】
禅宗において修行者が悟りを開くための課題として与えられる問題のこと。ほとんどが無理会話(むりえわ)と言われている。一般には「禅問答」として知られる。
引用元:ウィキペディア(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E6%A1%88


もう、禅僧の気持ちが、修行者の気持ちがわかりましたよ。
今回のスクーリングは「時間」というテーマのもと、「吉祥寺校」という限定された世界(範囲)の中で師(先生)の指導(講義)のもと修行(演習)をし、修行(演習)において修行者(学生)が疑問を発し、師(先生)が答えるもののその真意はまったくわからないというか、言葉あれどそこに明確な正解はないという・・・
ここでなにか閃いたり、発見することができればきっとこんなにモヤモヤしてないと思うんですけど、モヤモヤしてるということはまだ悟りを開けていないということですね。

開眼への道は険しい・・・

そして日々悶々としながら3日間は過ぎました。
最終日の最後には「この3日間をふまえて後半3日は作品を制作してね」と言われたのでありますが、「ふまえて」というには、後半までの4日間という時間でこの3日間の修行を振り返りながらある程度悟りを開いて道を見つけてこいと言われているようなものんだと思うんですよね・・・


・・・む、ムリだ・・・( ゚д゚)


3日間、毎日前提講義、中間講義、演習講評後の講義があって、その中でいろんな話を聞きました。
いうなればぼくたち学生が悟りを開くためのヒントや道しるべだったんだと思うんですが、今振り返ってみてもこれまた禅問答。
ダイアグラムの話にしても、視点を変える話にしても、何かの形から何かを発見する話にしても、講義そのものが禅問答。

わかるようで、わからない。
わからないんだけど、まったくわかってないわけでもない。
でも、わかんない。

そもそも禅問答って正解がないじゃないですか。
まさに今回のグラフィックデザインⅠは「デザインの禅問答」といった感じでございます。

さて、後半はどうしたものか。
それよりも会社が繁忙期すぎて金曜日フルにスクーリング行けるかさえも怪しい・・・通信課題は合格してるので、なんとしても単位だけは欲しいのでございました。はい。

2016年11月7日月曜日

スクーリング風景に映ってたこと。

知ってる人がムサビ通信生にどれだけいるのかはわかんないけど、ムサビ通信のHPではスクーリング風景の写真を公開しています。
スクーリングに一度でも行ったことある人なら知ってるかもしれないけど、スクーリング中に写真を撮りにこられることがあると思うんです。
で、「写るとヤバい人いたら教えてね~」とかいいながらスクーリングの風景を撮影していくんですよね。

そうして撮影されたスクーリング風景は、ムサビのHPで厳選(?)されて公開されているみたいです。
かくいうぼくも、ムサビ通信への入学を決める前に、この写真を見ながらスクーリングってどんなもんなんだろうと思ってよく見て考える参考にさせてもらいました。
実際に入学してからも、スクーリング中にカメラが入ることが普通で、べつに何の気に留めることもなかったけど、たまに、これから受けるスクーリングがどんな感じなのか知りたくて見ることはままにしていて、たまたま今週からのグラデⅠってどんな感じなんだろうと思ってみていました。

このスクーリング風景の写真を見ていて、いつも思っていたことがあるんですが・・・
「金髪の人とかほとんど見かけないなー」
「刺青ある人とかも見ないしー」
「みんな(・_・)フツウの普通の、フツーの人っぽいかんじー」
「ぼくみたいな人、写ってないなー」
そして、ぼくは今までこのスクーリング風景の写真に写っていることはありませんでした。

勝手に思っていたんですけど、やっぱりぼくみたいに光弱視かどうかなんて除いてサングラスみたいな眼鏡かけて、頭も金髪だったり赤かったりあまり普通のOLさんぽくなかったりする人って、大学の広報の一環として公開される写真には写ることなんてないんだろうな・・・・


って思ってたんですけど、見つけてしまいました。

3年生(専門課程初年次)のイメージ編集Ⅰスクのスクーリング風景に、ぼくがいたんですよ。

(゜゜;)エエッ

びっくりしました。
世の中のマイノリティーなぼくがいました。

(゜ロ゜;)エェッ!?(≧◇≦)エーーー!Σ(- -ノ)ノ エェ!?


武蔵野美術大学通信教育課程
2016年度春期スクーリング7
http://cc.musabi.ac.jp/campus/archives/schooling_photo/2016-spring%E2%88%927


たぶん、正しいURLは「http://cc.musabi.ac.jp/campus/archives/schooling_photo/2016-spring-7」なんだと思うんですけど、なぜか最後の「-7」が全角混ざったりしてて「%E2%88%927」になってるのは、デザシスを抱えるムサビ通信としてどうなんだ?( ̄_J ̄)ん?とは思うものの、まぁ、見れれば良しというか・・・世間的にはマイノリティーなぼくもムサビ通信は受け入れてるよって言ってくれてるような気がして、少し嬉しくなりました。

ぼくはいつもサングラスみたいな眼鏡をかけています。
あと、勤務先のみだしなみ規定が「不潔感を与えなければいちばん仕事しやすい(動きやすい)服装でOK」なので、いつもTシャツやトレーナーにジーパンやチノパンで、作業着みたいな恰好をしています。
どうみても普通のOLさんやサラリーマンには見えません。
そんなぼくが写ってたんです。


最近いろいろあって課題が進んでいません。
Win10にしたらAdobeCS6がいろいろ不具合起こしてヽ(`Д´)ノプンプンになってたりもします。
でも、なんか受け入れてもらえてるって感じたのが嬉しくて、こうしてブログに書いてみました。


ぼくがムサビ通信に入って出会った人たちには、いろんなマイノリティーな人たちがいます。
見た目のマイノリティ。
心のマイノリティ。
思考のマイノリティ。
でも、そんな人たちは、アートやデザインや表現をすごく大事にしていて、好きで、愛すべき人たちです。
通信だろうがなかろうが、美大に入らなければ出会えなかった人たち。

ぼくみたいな世の中のマイノリティでアウトローな人間でも、ここは受け入れてくれて、公平に学ばせてくれて、新しい何かを感じさせてくれてるんですよね。
大学は学府。
学びたい人のための府です。
学びたくない人には厳しいかもしれません。
でも、学びたい人には公平に学びをさせてくれるところ。
決して中学・高校のように学びのレールは敷いてくれない。
そのかわり、学びたいことには学ぶ指針を示して、その結果を還元してくれる。
大学府であることは、通学も通信もへだたりなんてないんです。

学費も通学に比べたら安いです。
いろんな問題で美大をあきらめる人がいると思います。
学費とか。
家庭環境とか。
年齢とか。
過去の過ちとか。
後悔とか。
ただの憧れとか。
とか。
とか。
とか・・・・。

一度社会に出て経験を積んでからでも遅くない。
親の負担を減らすためにもいいと思う。
学費を払える経済力をつけてからでもいいと思う。
見切り発車でもいいと思う。
通信の大学、通信の美大、捨てたもんじゃないですよ。

人生に遅いことなんてない。
学ぶことに限界なんてない。

そんなことをこの一件で感じたのでございました。


・・・・・・でもCS6は限界を感じる・・・課題が、課題が、課題が進まないってか・・・・うひいぃぃぃぃぃぃ。。゛(ノ><)ゝ ヒィィィ

2016年11月4日金曜日

還元するということ。

コミュニケーション研究Ⅰのスクーリングでつくった制作物を、グループのメンバーがひとりで取材先のすみればに届けに行ってくれました。
ぼくも時間の都合がつけば一緒に行こうとは思ってたんですけど、いろいろあって無理で、結果としてはA氏にグループ全員の使命を押し付けてしまう形になってしまいました。
でも、こういうのって、できるだけ早いタイミングで取材先に届けできることが大事だと思うんです。
もしグループメンバー全員で一緒の届けに行こうってことになって、なかなか予定があわなくてズルズル伸びてしまっても意味がないというか、先様に申し訳ないというか・・・・・で、結果的にA氏に全面的に預ける結果となりましたが、A氏からありがたい報告が聞けました。

A氏の報告
すみればに訪問して冊子を預けてきました。「こういうタイプの作品ははじめてだね」とのこと。

あさひな先生もおっしゃってました。
「こういうのって、いままでになかったんだよ」。
ぼくたちの取材に応じてくださって面倒みてくださったボランティアさんも「はじめて」って言ってくれたのは、嬉しいというか、救いのように感じました。
だって、この表現しか、ぼくたちのグループはできなかったから。
もっと記事とかいっぱい書けたかもしれないけど、それはぼくたちの個性や感受性や表現に落とし込む文章力やその他もろもろあって、一人ならできたかもしれないけど、みんなで創るものとしてはどうにも実現することができなかったんです。
でも、文字(言葉)にできないからビジュアル化したことを認めてくださったように感じました。

A氏の報告
最初「これはなんだろう?」という雰囲気だったので、タイトルの「俺の庭 私の庭」が、取材2日目に聞いたボランティアさんの神発言「ここは俺の庭なんだ」から育ったものなんだってことを説明してくれました。
「すみればは俺の庭」だから無償でのボランティア活動も苦じゃないし、ってか楽しいし「きっとここでボランティアしてる人はみんな自分の庭だと思ってると思うよ」という神発言に感銘をうけたことからきていることをA氏が説明してくれて、「いい名前だね」と言ってくださったそうです。

そうなんですよ。
全然興味ない人たちも、自分の庭だとしたらここはどうなんだ?っていう意識を持てたからこそ、作品として作り上げることができたんです。
「俺の庭」「ぼくの庭」「私の庭」。
これからもし、自分がわからなかったり理解できなかったりしたとき、「自分の〇〇」だったらどうなんだ?っていうことを考えてデザインをしていきたいと思いました。

最後に。

A氏の報告
いつもはインタープリターのひとが1日はいるんだけど、今回はインタープリターさんが取材時にいなかったから、記事がないのはそのせいもあるのかなあー、と少し寂しそうにしていましたね。

この報告については、言い訳があります。
もしあと半日あったら、ページを増やして、グループ各人の「俺の庭 私の庭」を語る記事を入れることは可能だったし、それも考えました。
けど、それにはあまりにも時間がなくて、当初の「まずビジュアルで魅せる」がいっぱいいっぱいでした。
その代わりと言ってはなんなんですけど、ビジュアルへの熱意はA氏の報告からは先様に伝わっていたように感じました。
もし、取材時にご協力くださったボランティアさんがこの記事を見ていらしたら、これだけはわかってほしいのです。

記事にできなかったんじゃないんです。
記事よりも魅せたい(見せたい)ビジュアルがあったんです。
それだけで精一杯だったんです。
決して「インタープリターさんが取材時にいなかったから、記事がない」のではないのです。
記事にはできなかったけど、記事よりも見てほしい表現を作ったんです。
そこだけ、感じていただけたら嬉しいなって、思いました。

ちょっと遠い未来のことになってしまいそうだけど、機会を作って、ムサビ通信で何を学んだかを再認識するためにも、いつかまたすみればに行って、ぼくたちが作った作品のこととか、それから変わったこととか、体験しに行きたいと思います。
一次情報って、大事ですね。
体験の還元。
デザインって、一次情報の還元なんだと思いました。
これからの人生も一次情報の大切さを胸に刻んで、日々生きていきたいと思いました。

2016年11月1日火曜日

「こういうの、はじめてなのよ!」

そして最終日。

朝イチで全員の入稿用データを確認してたら、面付けできないものがあったりリンクが切れてたり文字がラスタライズされてたり画像がぐちゃぐちゃになってたり表示されてない(見えない)画像が何重にも重なってたりIllustratorの表示領域のすごいはしっこのアンカーとグループ化されちゃってたり・・・・・(((( ;`д´)))(((( ;`д´)))(((( ;`д´)))なんてこってぇぇぇぇぇぇx(((( ;`д´)))(((( ;`д´)))(((( ;`д´)))
あまりにも問題ありすぎて他人に面付けをお願いできる状態じゃなくて、面付けどころかパネル用のデータにしたりするにもなんとかしないとだったので、ついでにぼくのほうで面付けもすることにしました。

面付け以外にもやることてんこ盛り!


プレゼン用のスライドを作ったり、入稿データを作ったり、提出用のデータを作ったり、製本したり、パネルに展示したり・・・最終日は本当に仕上げとプレゼン準備でカツカツでした。


うちのグループの印刷物はこんなんできました!


スリーブはツメを差し込むようになってます。


空けると写真の黒いところにこの「俺の庭 私の庭」という作品集についてのリードが簡単に書いてあります。


スリーブあけたとこ。
小冊子4冊を取り出すと、表4に「俺の庭 私の庭」という作品集についての概要や各冊子のタイトル・作者・簡単な一言解説などが書いてあります。


ぼくが作った冊子の中身(の一部)。


のぶさんたちのグループのは、制作過程も楽しそうだったけど、取材も楽しかったっていうのがプレゼンですごいわかりました。
うらやましくて仕方なくなるくらい楽しそう!
で、作った作品も楽しいものでした。
のぶさんのブログにその様子があります。

「コミュ研スク後半」
http://blog.livedoor.jp/happygolucky1969/archives/52509889.html


やっぱり全員が「楽しい」と思ったら、そこから出てくるものも楽しいんだな・・・と思いました。


パネルの展示はこんな感じ。


ムシピンでブシュッて止めるの楽しかったです(*´∇`*)
あと、平行均一に止めていくのがけっこう難しかったです。


制作過程でも先生が言ってくださったんですけど、なんか、過去に同じ「桜丘すみれば自然庭園」が取材先になったグループが作ったもので、うちらみたいなビジュアル重視というか、写真集のようなカタログのようなコレクション集のようなものはなかったらしいです。
だいたい写真は使いながらもメンバーそれぞれの記事を読ませる雑誌やフリーペーパー的なものだったみたいです。
なので、うちらみたいに記事といえるような文章はほとんどなくて、写真やビジュアルで魅せるものっていうのは新しかったらしいです。

新しいって、嬉しい!

10年くらいやってるらしいんですけど、10年間でなかったスタイルを作れたってことですよね。
今回のスクーリング、かゆいし痛いし寒いしつらいことが多かった中、これ、本当に嬉しかったです。
先生の一言。

「こういうの、はじめてなのよ!」

忘れません!
なんかつらくなったら、この言葉、思い出してがんばろうと思います。



最後の最後に通信課題2の企画書について、他のみんなが何やろうとしてるのかを聞くことができました。
みんなけっこう壮大だったりトンガってたり実行するの大変そうで「w( ̄o ̄)w オオー!」って思うものばかりだった中、ぼくの「ファンレター」案はダントツしょぼいというか、やることないっていうか・・・しょぼかったです。
でも、先生は「おもしろいんじゃなーい♪」って言ってくださったので、それを信じてしょぼさを極めたいと思いまっす( ̄^ ̄ゞ



はてさて。
最後に最大の関門が。
作った制作物を取材先にお届けしなくてはなりません。
しかも、郵送ぢゃダメで、直接持っていくようにとのお達し・・・
∑(!? ̄Д ̄)゚Д゚)・д・) エェーッ!!ヤダーヤダー


蛇足ですが・・・
このブログ記事では制作物がどんなだか半分もわかんないと思います。
もし実物見たいという方がいらっしゃいましたら、制作物は先生方も学校側も保管してなくて「桜丘すみれば自然庭園」に寄贈されておりますので、ぜひ「桜丘すみれば自然庭園」に行ってみてください。
「武蔵野美術大学(通信教育課程)デザイン情報学科3年の人たちが2016年10月につくったのがここにあると聞いたんですけど・・・」っておっしゃっていただければ、たぶん見せてくれると思います。
ってか、すみれば以外では見れないです。


そんなこんなで、一応持ってくひとを決めたけど、なんかぼくの趣味押し通しちゃった部分もあるし、ぼくも行くべきなんだろうか・・・でもあの痒くて痛くて死にそうな思いは二度としたくないし、そもそもうちから遠い・・・遠すぎる・・・(´;ェ;`)ウゥ・・・
ということで、もしかしたら持っていったときの報告のブログを書くかもしれないし、でも書かないと思うし・・・もにょもにょしてる今日この頃でございました。