2017年5月31日水曜日

霧が少しだけ晴れた

デザインシステム研究・・・という名の、その中身は99.999999%卒業制作のためのプレパレーションだったスクーリング。
中間期間は前半最終日に先生が作ってくれた学生5人のFacebookグループ・・・名目上はオンラインプラスなのかもしれないが、まったく大学側のその機能をスルーしたそれに、そのとき既に学生5人は抱きすくめられていた。

スク前半最終日、イメージ編集Ⅱの人たちと一緒に打ちあがって若干酩酊いい気分でみたスマホ。

「5/21(日)までに以下を報告
・作品の概要(テキスト/必要であればスケッチなどあってもOK)
・進捗状況と次回スクーリングまでの目標」

先生、知ってますか?
前半でぼく、概要の"が"の字もできてなかったじゃないっすか。
進捗状況って、進捗する以前に1歩も踏み出せてなかったじゃないっすか。

0(ゼロ)に何をかけても答えはゼロ。
でも、中間を経て後半までに0.00000001でいいから、ゼロから脱しなさいよ。
そんなメッセージなんだろうと勝手に解釈して、そこからぼくの中の「日本舞踊の動きとは」との格闘がはじまった。

もう一度、日本舞踊のセオリーに置き換えたラジオ体操を振り返ってみた。
なぜ、この体操の動きは日本舞踊的ではないのか、なぜ日本舞踊的ではないと言い切れるのか、なぜその動きが日本舞踊の範囲に修正するとその動きになるのか。
身体ではわかるのに脳みそではわからない。
本能で変換している以上、そこに理論も実証も理屈もない。
ただ、「日本舞踊ならこうなんだー!!!」という、身体に植え込まれた本能だけがそれをコントロールしようしているものを、頭脳で学術的にコントロールできねば、次の一歩は、ない。

常々「言語化できないものはデザインできない」という信念を貫いているぼくにとって、言語化できないことが、言語化しきれないことが、何よりもつらく、何よりも不甲斐なかった。

言語化できないことはピクトグラム化も図化もできない。
図化もできないとそこから先の発展も閃きもインスピレーションも期待することさえできない。

どろどろの思考とピントはずれの試行錯誤を経て迎えたスクーリング後半。
正直、後半1日目って何したんだかあんまりわかってないというか・・・中間の悶々としていたものを悪化させていただけのような気がする。
けど、スク中に先生が「中間でコメントした図にするってこんなことで、ぼくは日本舞踊知らないからこんなことがわかんないだ」っていう具体的な言葉を聞いて、それをわかってもらえる努力を子供の真似事レベルでやってみた。
図化、というのを見様見真似でやってみたら、無限の文章にしてきたものがA4一枚で収まるくらいの簡単な図で外殻くらいは見せることができた。
そうしたら、思ったよりも泥沼化した思考がまとまってきて、なんか1歩を踏み出せた気がした。

図化。これ、大事。

後半スクーリング2日目。
ムサビの通学でデザイン情報学の先生が講義をしてくださった。
その内容はまさに思考を整理したりするための図化の基礎であったり、卒業制作にむけての学生(生徒ではなくて学生、ね!)としての心の在り方、思考の原点、本来ならば高校生が大学に入ってくるときに得ておくべきそのレベルまで降りてきてくださり、今更感なんて微塵もみせず、そんな根源的なことを今期よく、楽しく、面白く教えてくださった。


まさかのYOIクラスタ腐女子力がここで生きようとは・・・ムサビ、マンセーヾ(*´∀`*)ノ

正直「なんでこれ初日の最初にやってくれないんだよー(; ・`д・´)」って思った。
それは最終日の打ち上げで先生にも言った。
で、先生はこう言った。
「sizuさんが今そう言うのは、前半、中間、そして後半1日目といろいろ葛藤したりしてきたからでしょ?それをしないままに最初からこの講義を聞いたところで、今みたいな(いい意味での)反応は起きなかったよね?」
言われてみればそんな気がする。
たまたまそこまでの葛藤の中でわかってきた足りないものが落ちてきた。そんな感じ。
でも、もうちょっと・・・前半2日目の後半でやってくれていたら、中間期間にもうちょっとなんとか筋道が見えた気もする。

そして後半も終わり、打ちあがる。
打ちあがる(=ようするに飲んだくれる)の、大事!!!

ってか、ここ美味い。
このスクを乗り切った同志とならばなおさらだ!
しみず先生、この店情報いただいて、ちょーグッジョブMAX!!!
店員さんも素敵な人ばっかりでね・・・(ちょっとだけだけど、この子が元娘役とか言ったらもう萌え禿げそうなカ・ワ・イ・コ・チャン♡もいたんだよね・・・むふむふむふ💛)」・




実は、デザインシステム研究と同じ吉祥寺校でイメージ編集Ⅰのスクーリングもやっていた。
ぼくはイメ編Ⅰスクで出会ったふかさわ先生に少々負い目がある。
あれだけ先生が興味を持ってくれた企画に対して、出来上がった作品に「なにかおかしい、おもしろくなくなった」という確信を得ながらも、時間がないばかりに提出して、先生をがっかりさせてしまった。
添削を読みながら「あぁ、先生、ごめんなさいぃぃぃぃぃ」って思った勢いで「作り直してやる!」って思ったものの、今もうそれどころではなくて、せめて「卒業できたら、卒制終わったらもう一度、添削いらないから先生に再提出させてほしい!」と言いたかった。
けど、言う機会を得られなかった。

デザシス研究スクが終わり、さぁ打ち上ろうかと算段しはじめて、ちょっとイメ編Ⅰスクの様子を見に行った。
案の定、ぼくのときと同じで、きっと終わりは19時まわるコースなんだろうな~・・・な感じだった。
お世話になったTAさんや研究室の人がまだ出力(プリント)したり、断裁していたり・・・1年前よりもっと悲劇的なかんじな状況だった。


・・・イメージ編集Ⅰスク前半に出るみなさん。
納期は守ろうよ。
ぼくのときもほとんどの人が守れてなかったけど、今年もご多分に漏れず守れてない人続出してたみたいだよ?!???
デザインの仕事してたら納期は絶対だよ?
自分の作りたいものを心行くまで作りこむのは卒制なりプライベートの作家活動でやってくれるとありがたいよね?
少なくともデザインを学ぶのであれば、デザイン=納期守れ、は、ある意味ワンセットというか、それが守れないような制作進行しちゃダメだよね?
そもそも最終提出時間が決められているのであれば、そこから逆算してアイディア出しにどれだけの時間が使えるか、アイディアがOKになったとして制作に今の自分の技術レベルであればどれだけの時間が必要なのか。
技術不足であるのであれば、それを補うために最終的なアウトプットの理想をどこまで現実の技術レベルに落として妥協すべきなの?
妥協するにも最低ラインここまではやらないとダメでしょ?
そんなことをきちんと頭の中にこしらえないでなりゆきにまかせてちゃ、ダメでしょ?
しらお先生筆頭に、そのあたりの納期について、コミュデは甘い。
デザシスは厳しいというか、先生たちがすっぱりと諦めて最後までやらせる前に「次までにできるようにしてこい」という宿題なり命題のような鉄槌を落としてくれる。
自分の技術不足の尻ぬぐいは自分でしなさい。
それはある意味スパルタで、ある意味優しさだ。
だって、そこで、できない自分を貶めず、未来に希望を繋いでくれている。
勿論、それはできないカス化したぼくの主観で、できた人やできすぎちゃった人が圧倒的大多数の中での単なる落ちこぼれの主観だ。
でもね、そこで落ちこぼれた自分に対して、そこでコミュデ系スク並みの温情を受けたり甘やかされていたら、そのスクーリングで得るべきものがなんだったのかなんて甘やかな恍惚の中に雲散霧消していただろう。
未来に希望を繋ぐことが、作品となっていなくても、制作過程で手折れたとしてもも、そこで容赦なくぶった切るからこそ実現できる未来への可能性に終わってみて尚反芻させてくれる。ダメであることへの鉄槌は未来のダメの反比例効果への道を示し残してくれている。
スクーリングの時間は短い。
短いからこそ、そこで集大成するなんてことは不可能で、それよりも今後の自分の課題をきちんと具体化したものとして認識できることのほうが、いい作品を作り上げるよりも身になり為になる。
それが学びだと、ぼくは思う。
情報通信ネットワークでググれないカス化したぼくでも、課題ができてなくても終わりを告げられ、その現状をつきつけられた。
課題がこなせなかった悔しさはあるけれど、それだけでは終わらなくて、その後に、スクーリングが終わった後に「なぜこなせなかったのか」「こなすために必要なものは何だったのか」「どこで失敗して、自分はスクでもっとどうすべきだったのか」ということを考えさせてくれたことは、ありがたいし、この科目を履修してよかったと思っている。


(でも、その反省の結果はすでに捨ててますよ。でも、反省させてくれたことには本当に感謝してますし、今、糧になっています。ググれないカス経験、貴重だし、ぼくを少し変革してくれたことへの感謝は、ここに記しておきたいと思います、よ♡)


と、こんなようなことをYoI(クラスタ・腐)目線から言うなればこんな感じだろう。
ヤコフ→ヴィクトル&ヴィクトル→勇利のキスクラ説教大会をしたい気持ちを抑えながらその場を後にしようとしたとき、ふかさわ先生と、ふと目があった。
ぼくがヾ(*´∀`*)ノワーイと両手をあげたら、うっすらとスマイルの返事をくれた。

ぼくの中ではふかさわ先生はすごくいい意味で親愛と敬愛と尊敬を込めて「きょうこたん」だ。
腐女子的には〇〇たんと呼んでしまいたくなるその根底には、相手への、先生へのリスペクトは絶対的な萌えと愛情、敬愛、師弟愛、尊敬、憧憬、同志のような共感・・・こんな先生と繋がれてありがとうという感謝が込められている。
そんな腐女子的きょうこたんの表情を見て、ぼくの心は満足(納得)して次なるワクワク=打ち上げへと向かった。


(きょうこたん、待ってて!卒業したらAtoZリベンジ、Absolutely realize it!!It's a promise! It's fate!!!!!)


デザシス研究スクを終え、たった1年前のイメ編Ⅰスクへの邂逅を経て、本能のままに打ちあがって、日常の会社員の一日を経て思うこと。
卒制はその人の「萌え」を学術的に研究して、そこから得た論証に「萌え」て、その「萌え」を誰になにを言われようともぶちまけることだ。


卒制は

× 燃え尽きる
〇 萌え尽きる

〇のほうにいけたら本望だと思う。
そのために今、英語しかないDance Notationをgoogle翻訳をフル稼働している。


卒業できたら、次は英語を学ぼう。
踊りという表現は言語を超えるが、言語を超えた踊りの世界標準を得るには英語が最低限必要だ。

あぁ・・・ぼくは卒業できるのか?
そもそも卒制、できるのか?
Amazonで読めもしない英語版Notation書籍をポチりながら、近々に迫ってきた不安しかない未来にため息だけが漏れるのであった。

2017年5月16日火曜日

日本舞踊でラジオ体操を踊ったよ

デザインシステム研究スクーリング2日目は寝不足で朦朧とした脳みその中ではじまった。
脳みその中はさっさと寝ればいいのにバカみたいに見続けた玉三郎様のお姿でいっぱい。
虚ろに美しい日本舞踊の世界を見ながらスクーリングは進んでゆく。

2日目は1日目で見えてきただろう卒業制作のテーマを、卒業制作というものに落とし込んでゆくためにどうしたらいいか、何か必要なのか、そんなようなことをまるで大海に落とした指輪を探すように探ってゆく。

ぼくのテーマは日本舞踊。
そう、日本舞踊。
で、なぜかラジオ体操を日本舞踊で踊ってみようということに・・・。

たぶんコミュデもだけど、「やってみる」「試してみる」ということがとても大切とのこと。
それが最終的な作品にならなくても、その経験は確実に経験値として積み上がり、最終的な作品のレベルに直結するということらしい。
ドラクエだってそう。
スライムやドラキーを倒したところでゲームのゴールには程遠いけど、スライムもドラキーも倒したことのない勇者が頭の中でどんなにものすごい戦闘技術を妄想したってラスボスを倒すこともお姫様を救出することも、ホイミ程度の呪文を覚えることもさえも、なーんにもできない。
だから、たとえ経験値がほぼないに等しいような微小なことでも、積み上げてなんぼだってことなんだろう。

誰もが知っているであろうラジオ体操。
日本舞踊とはかけ離れたそれを日本舞踊を踊る人がやったら日本舞踊になるのか。
それを検証するのが目的だ。

で、躓いた。
誰もが知っているであろうラジオ体操。
そう、誰もが知っていると思っていたラジオ体操。
そして自分も知っていると思っていたラジオ体操
そう思ってたんだけど、ぼく、ラジオ体操って、最初に2振りくらいしか知らなかったという衝撃の事実・・・Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

というわけで、午前中は「ラジオ体操ってどんなんだったっけ?」とYoutubeの画像を見ながらひとつづつ動きを確認して「日舞ならこうだな、うんうん」なんて言いながら、まるで振り付けをするような気分でラジオ体操を理解してゆく。
みんな自分のための調査したりしてる中、すぐそばでドッタンバッタン・・・きっとうるさかったよね。ごめんね、みんな!

お昼はフレッシュネスバーガー食べました!
フレッシュネスバーガーに行く道すがら、友達がスマホでラジオ体操の音楽を流してくれて、「え?ここってどんなだっけ?」「こうだよー」なんてレクチャーしてくれて・・・本当はみんな自分のことしたいだろうに、ぼくがあまりにも覚えていないラジオ体操を教えてくれました。

もつべきものは友、そして同志。
ぼくはラジオ体操の奥深さを実感。
すごいね、ラジオ体操。
まず音楽が秀逸。
あのコード進行とテンポの規則性。
もう、卒制をラジオ体操にしてやろうかと思うほどに、いろいろすごいよ、ラジオ体操!!!

コミュ研Ⅰスク以来のフレッシュネスバーガー。
やっぱりフレッシュネスのアボカドバーガーとマッシュルームのクリームスープは美味ですのぅ~♡

(食べるのに夢中で写真撮るの忘れました)

途中道を間違えながら学校に戻って、午前中の続き。
そしてラジオ体操の日舞バージョンをおそるおそるやってみる・・・


ん?けっこうそれっぽいぢゃん???
見てた人も「(ノ・ω・)ノオオッ」とか「あ、ぽいぽい!」なんて言ってたから、それなりに日本舞踊らしくなってたんだと思う。


日本舞踊独特の動き。
ラジオ体操を日本舞踊で踊ってみたことで、そして踊ってみた動画を見ることで、わかったことがありました。

この動きは絶対に日本舞踊にはない。
日本舞踊ならこういうときはこう動く。
根本的に重心が違う。
洋舞では上がる情動は日舞ではより深く腰を入れて重心を下げてゆく。

こういった特徴をコード化(記号化・数値化)できないかと考えて、棒人間を2次元で動かしてみたり、いろいろ考えたり、奥行方向を記号化するにはやっぱり3Dにしないといけないのかな・・・?なんてことを考えたりググったりしてるうちに、2日目はほぼおしまい。

最後に「ざっくりと卒業制作提出に至るまでのスケジューリングをしてみましょう!」ということになりまして。
スケジューリングができない学生が多くて、それで卒業制作がうだうだになりがちなんだ、みたいなことを先生がおっしゃっていました。
で、各自、こんな日程でできたらいいよねーっていう絵に描いた餅のようなスケジューリングをして2日目は終了。

絵に描いた餅は恐ろしくヘヴィで、腐ってた期間への後悔とこれからの未来の地獄を覚悟させるにはあまりある餅でした。
後半までの間にはやることがてんこ盛り。
ってか、ムリだよ、これ。
だって、まずスクーリング後半には何か形にしてみないといけない。
ということは、何を形にするのか、どういう形にするのか、その形には何が必要なのか、そういうことを間の2週間で見極めて方向性を見いだせていないと、プロトタイプのプロトタイプのプロトタイプの・・・・どんな微細なレベルのものにしても、形にはならない。
妄想や幻想は形にならないということだ。


日本舞踊の法則。
これは絶対にあると確信している。
なぜならば、今自分がお稽古しているものがこの確信の積み重ねだからだ。
「その動きは日本舞踊にはない」「その形は日本舞踊にはない」と言い切れるものがあるからだ。
その理由を顕在化させて、顕在化したものを日本舞踊を知らない人にもわかるように落とし込む。
さて、どうしたものか・・・

グラフィックデザインⅠの禅問答スクーリングと似た感覚。
禅問答みたいだけど、答えは身体と経験が知っている。
まずはそれを言葉に書き出してみよう。
とりあえずそこから始めたら、もしかしたら次の一手が見えるかもしれない。

「やってみること」「手を動かしてみること」「行動してみること」そして「脳みその中で終わらないこと」

卒業制作に大事なのは、どうやらこういうことのようだ。
※正しいのか正しくないのかは不明である故・・・

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スクーリングのあとは打ち上げ!
がんばったら、ご褒美!そして交流を深める中でインスピレーションの素を得るもっとも手軽で楽しく身になるもの!!!

ぼくのデザシス研究スク前半最終日は、同じ吉祥寺であったコミュデ4年次必修のイメージ編集Ⅱの後半最終日と重なっていたので、合同で打ちあがりました!
なんと!イメージ編集Ⅱの先生もいらしてくださりました。
ぼくはイメージ編集Ⅱは夏に受けるので、事前に情報収集できちゃったり、イメージ編集Ⅱがぼくの卒制日本舞踊プロジェクトに大きくかかわりそうってことがわかったり、収穫てんこ盛りというか、あの時間がもてたことがほんとうにありがたいというか・・・

ありがたや~♡

ってか、スク後の呑み会は大事だよ!!!
「ムサビ通信で突き進みたいならスクの日曜日は吞め!そして語れ!そこが原動力になる!」
ぼくがそのとき1年次で憧れみたいな人がそう言って、呑ミニケーションを絶賛推奨してくれた、今やご卒業された先輩。
今、その先輩の言葉が今になって身に沁みている。
だって、1年次にはあんなに(ほんとうにたくさん!)いた仲間たちの中で今4年生になれてるの、呑み会を率先してやってきて、呑み会を大切にしてきたぼくとのぶさんだけだもん。
今、スクーリングで一緒になったり仲良くしてくれている(というより困ったぼくの面倒をみてくれている貴重な・・・友と呼んでいいのかと束飼うほどの)人たちの圧倒的多数が専門課程(3年)にあがって出会った人たちばかりですもん。

忘れないですよ。
3年次に上がれるかどうかの瀬戸際のとき、もしのぶさんが3年次に上がってこなかったらぼくは本当に知らない人しかいないところに行くことに、まるで右も左も知らない入学時の自分になっていた・・・あの焦燥感、孤独感、3年次に上がるのに取り残されてゆく 惜情・・・忘れません。
今でこそ3年次に上がってからで出会えた人たちに助けられているけれど、その出会いの確証は2年次にはなくて、あのときは本当に不安しかなくて・・・


ってか、のぶさん、ここまできたら一緒に今年卒業しない???(藁)



あ、のぶさんがイメージ編集Ⅱのブログ書いてますよ!
しかも提出作品の動画付き!!!!!

のぶさんのブログ「Born To Lose. Live To Win」より
ムサビ イメ編集2 スク終了
http://blog.livedoor.jp/happygolucky1969/archives/52522387.html

なんか、めっちゃ楽しそうだけど、自分にこのレベルのシナリオ(・・・は書けるかもだけど)とか映像作品作れるとは思えないというか・・・
っていうか!
「もう君を離さない」って、YOIクラスタの脳裏には「離れずにそばにいて」に直結変換するわけですよ!

のぶさんが作った動画、これですよ。
そしてタイトルがこれですよ。

Lovers ~もう君を離さない~




のぶさんが「もう君を離さない」なら、ぼくは夏スクでこれやるしかないでしょ!!!
アンサー動画で応えるしかないでしょ!!!
っていうか、なんでラバーズ(複数形)なんですかッ!!!
のぶさんが愛したのはあの階段を転げ落ちていったボールでしょ?
My only love~もう君を離さない~
でしょ!!!
あのボールを愛していて、あのボール以外のものが天から降ってきても見向きもしないんでしょ?
そして、そんなボールとのぶさんとの愛を知っているから、あのラケットはのぶさんの元にボールを返すようにそこにいてくれたんでしょ?
だったら、それに応えないとじゃないですか。

ぼくはラケットにはならないよ。
ムサビ通信のMy only loveになる。

っていうか、そこ至るまで「もう君を離さない」の「もう」の理由はどこにあるの?


・・・・・離れずにそばにいて


「もう君を離さない」と言わせる〇(丸)。
その〇がのぶさんに言わせた「もう君を離さない」だったら、ぼくはそういわせる魔性のカツ丼・・・ぢゃなくて、魔性の〇(丸)になって、「離れずにそばにいて」という〇になりましょう・・・〇、それがMy only loveなんだと思う。


あー。

ああー。


あああああーーーーー(壊)



早くイメ編Ⅱスクやりたーい!!!(草・腐)♡


日本舞踊、好きだなー。
YOIはもう魂のレベルにまで腐ったけど、日本舞踊は歴史ある文化だし、ぼくが卒業制作で取り上げることで一人でも多くの人がその魅力や独自性、面白さ、可能性、そんなようなものを感じてくれたらなって思う。
とりあえず言語化してみよう。
ついこの間まで腐った沼で「萌え」と「腐」を言語化しまくってたんだ。
言葉を綴るのはぼくの好物。
まずは未知の技術や苦手なプログラミングなんていう遠い存在を忘れて、文字系腐女子の本領を発揮してみよう。

言葉にできることはビジュアル化できる。
でも、言葉にもできないものはビジュアル化もなにもできない。
逆に言葉にさえできればそこからいくつもの妄想が広がる。


言葉の力を信じよう。
うん。
言葉って、大事だよ、ネ♡

2017年5月13日土曜日

腐ったぼくでもだいじょうぶ。

デザインシステム研究スクーリング1日目。

デザインシステム研究はデザイン情報学科デザインシステムコース4年の必修科目。
そして内容は卒業制作を見据えての内容になっている。

去年、デザインシステムコース3年必修の「情報通信ネットワーク」のスクーリングでは(正確な人数は忘れたが)15人ほどの学生がいた。
最終日、来年また会おうね~!といってお別れした。
卒業制作展でバッタリ会った人も、また春にね、と言っていた。

デザインシステムコース必修のスクーリングは年に1回しかない。
つまり、今回会えない=今年の卒制はやらないと言っていることと同義だ。

さて。
朝、吉祥寺校についていつもの教室割の紙を見る。
そしてそれに驚く。

・・・なんで5人?

また来年って言ってたじゃないか。
また春にねって、言ってたじゃないか。
なのに、そんな言葉の主たちはいなかった・・・いたのは事前に連絡を取り合えっていたムサ友2人、1年間の休学を経て復活してきた旧知の先輩、そして情通ネットで「また来年ね」といった人、たった一人。


・・・またねって言ってくれた人。
できないダメダメなぼくを助けてくれた同胞。
脳みそパニックになっても、腐っても、スクーリングを乗り切れるように寄り添ってくれた人。
みんなみんな、どこに行ってしまったのだろう・・・

付け焼刃の事前課題を半分徹夜でこなし、朦朧とした頭で登校したぼくのゼリーのような脳みそが小さく罅割れた気がした・・・




なんて腐向けな書き方しておりますが。
ええ。
なんてったって絶賛腐ってたところから浮上したてですからね。
一度腐った人間は腐ったそぶりも見せなかった頃の自分になんて戻れなんですよ。

というわけで、べつに今まで隠してきたわけでもないけれど、ただ言葉にする機会もなかっただけだけど、今日は大々的に「ぼく、腐女子ですから!」「ぼくの思考回路はオタクですから!」と宣言をした。
それが今日のスクーリングのぼく的クライマックスだった気がする。

スクーリングでのディスカッションの流れの中で、気が付いたら自然と宣言していて、そんなこと言うぼくを先生含めみんな嫌な顔もしないどころか「新鮮で面白いぞ」みたいな態で受け流してくれて、なんだか嬉しかった。
なぜならば基本的にぼくみたいな人種は世間から「キモい」と蔑視されることも多いからだ。


デザインシステム研究スクーリング1日目の収穫。




ムサビ通信は腐女子を受け入れる土壌がある優しい沼だ。





と腐った駄文はこの程度にして、1日目のご報告。

みんなお互い見知った顔だけど、あらためて自己紹介。
その後、事前課題というほどのものではないのだけど、教科書を通読した中から興味をもったもの(キーワード)と、教科書以外で美術やデザインで興味のあるもの(キーワード)から、なにかテーマなりアウトプットなりを妄想してきてね、というのの発表。
例年人数の少ないこのスクでは多い方(らしい)の5人。
一人づつぽつりぽつりと話していく。
発表というよりも世間話でもするかのように話をして、先生も学生も世間話をするかのようにあーでもないこーでもない、それ面白いよね、それいいね、っていうかそれどこから出てきたの?なんて感じで砕けた会話が進む。
折々に先生が魔法の本棚から本を取り出して「こんなの?」って感じで学生の想像力に栄養を与えてくれる。
そんなカフェでのひとときのような時間の中で、卒制にむけての自分の中の興味や好奇心を探っていったのが午前中。

いいね、こういうの。
ぼく、大好きだよ!

お昼をはさんで午後は、午前中の会話を詩にしたためる。
そして、なぜか「ここはコミュデか?」と言いたくなる、グリッドシステムの簡単なレクチャーがあって、それをふまえてしたためた詩の文字をフォーマットに落とし込んでいく。


違うかもしれないけど、たぶん、こういうことなんだと思う。
デザシスに来る人のバックグラウンドを聞くと、あまり紙もののデザインをしてきたという話を聞かない。
というか、聞いたことがない。
理数系や工学系の人が多くて、ぼくみたいなへっぽこなんちゃって高卒みたいな人もあまり見かけない。
そして、コース指定科目「情報システム基礎Ⅰ・Ⅱ」でも、3年次必修の「情報通信ネットワーク」でも、紙面を扱うことはなかった。
紙面の設計って、ぼくはUXの基礎だと思っている。
何を伝えたいのか・・・ビジュアルヒエラルキー(視覚的な階層構造)
版面のアフォーダンス・・・ビジュアルウェイト(ビジュアル要素の見かけ上の重さ)
文字の流れ・・・イメージや文字が各種のページ上に形作る同線
それはそのままユーザーエクスペリエンスに直結するものだと思う。
プログラムやデジタル技術ですごくインタラクティブなことをするにも、卒制時にパネルを作るにも、紙ベースの設計ができなかったらデジタルでもできないと思う。
そして、そういった設計の土台であり、根本的な「基準」を自ら定めるのがグリッドシステムだ。
そういう動かないアナログなものが根底にあった上でのデザインシステムがありシステムのデザインとなる。
そんなことを先生は言いたかったんじゃないかな・・・そんな感じがして、ぼくはちょっと嬉しかった。
あと、ちょっとだけ、ぼくの土俵の中のことだったこともあり、情通ネットスクで「ググれないカス」になり下がり周囲に迷惑をかけまくった自分の二の舞にならなくていいという安堵を覚えた。
そして同時に、自分のグリッド(=興味)を弾くことへの興味に胸が沸いた。


話がそれたけど、そんなグリッドシステムからできたフォーマットを使って、作った詩をレイアウトする。
5人5様のレイアウトを見て、ちょっと感想とか言い合ったりして。
そしてまた午前中から詩を作ったりレイアウトしてみたりしてという時間を経て、なにか思いついたことはないか、変化はないか、新たな発見は気づきはなかったかなんてことを、またカフェで雑談しているかのように会話を重ねてゆく。
それはすごく楽しくて、腐りきっていた期間に置き去りにしてきたワクワク感が胃の底から湧きあがってきた。
そして、同時に自分の中にあった興味の本質が自分であまりわかっていないことを思い知らされる時間でもあった。


先生は本日のスクーリングの最後にこんなようなことを言った。
「特に何かしてこいとは言わないけど、でも、みんなこれから明日までにいろいろ考えるよね」
先生、わかってるね。
さすが先生だ。
だって、その通りだったから。
帰路を歩きながら、ごはんを食べながら、自室でつい最近まで腐っていたPC画面を見ながら、気が付けばぼくはぼくの興味とそれへの知識を反芻していた。


これを書くついさっきまで、ぼくは27歳になって自分の意思に関係なく踏み込まされ、なすがままに魅了された「日本舞踊」に関する蔵書を端から手にとってページをめくった。
そして、ぼくが愛してやまない玉三郎様のDVDのお気に入りシーンを何度もリピート再生しながら「日本舞踊とは」ということをぼんやりと考えていた。
自分の興味の原点を確認するかのような作業。
結局そこから明日のスク以降の何かを具体的に作業したわけではないけれど、本当にぼくは日本舞踊をわかっているのかという不安がほんの少し薄らいでいったことは収穫なのではないだろうか。


日本舞踊。いいよね。
ぼく、大好きだよ!


さぁ、明日は何をしよう。
どう掘り下げていったらいいのだろう。
その方法論は誰も教えてくれない。
だって、ぼくが興味を持っているものは、ぼくの中にあるものだから。
それはたとえ先生でも100%はわからない。
ぼく自身もまだ100%理解してない。
だから、その方法を探っていく。
探ること、それがデザインの過程だと、ぼくは思う。


お風呂の生ぬるいお湯の中で、生ぬるい思考に溺れてみよう。
そうしたらなにかわかるかもしれない。
でも、わからなくてもいい。
だって、日本舞踊が好きなことはもう確認できたから、ね。



・・・って、やっぱり文章が腐ってますな。
腐ってない文章の書き方が腐ってるけど、まぁ、これはこれで今の正直なぼくだから、仕方ないよね。
だって、ぼくはぼくだから。

勇利は言ったじゃないか。
「ヴィクトルはヴィクトルでいてほしい」って。
だったらぼくも腐りきるよ。

ぼくはぼくでいる。
たとえムサビ通信生であろうと、関係ない。
たとえ腐っていても、ね。

2017年5月11日木曜日

スクーリングの申し込み完了!(+浮上宣言)

2017年春期第2回のスクーリング申込み手続きを完了しましたですよヽ(ΦωΦ*)ノ


コミュニケーション研究Ⅱ
6/9-11・6/16-18@吉祥寺

グラフィックデザインⅡ
6/30-7/2・7/7-9@吉祥寺


ご一緒の方、3月下旬から今日の今日までMAX腐乱した腐女子ですが、今をもって復活宣言しますんで(・・・って、まだ腐ってたのかというツッコミは後日聞きます・・・)よろしくお願いします!!!

やばいです。
2日後にはデザシス研究スクです。
なーんもやってません。っていうか、事前課題って、なに!?!???(╥ω╥`)
やったことといえば教科書を(意味不明なところはすっ飛ばして)読んで妄想したくらい・・・って、ほら、妄想とか、腐ってますやん、わし。
一応構想だけは脳内妄想してますが、アウトプットゼロ・・・というより、どうアウトプットすべきかまったくわかってません。
あぁ、もう一回学習指導書読もう・・・って、何度読んでもわかんないんですけどね。はっはっは。

といいますか、去年から地道に進めてきていたコミュニケーション研究Ⅱ(コミュデ4年必修)の取材先交渉。
連敗続きからの~、なんとか4年生になれることになったのに腐りながらも、足掛け半年くらいかけてすすめていたんですが、先週11連敗目を喫しまして、ついに、本格的に必修科目を落とす=卒業無理ぢゃん、ぼく・・・って腐乱化に拍車をかけていたんですよね。
なんですけど、今これを書いているほんの数時間前に救世主が現れましてですね・・・取材させていただける方が見つかりました!

スパシーバ♡スパシーバ♡

まさに神降臨!あなたが神か!!!もっと評価されるべき!!!なにこれすごい!!!(※YOI+支部ヲタ用語でハラショー!)

というわけで、浮上します。
ここで浮上しなくては、取材に応じてくださる神に申し訳が立ちません。
でも、腐ったことで得たものはデザシス研究スクに生かしますよ・・・腐女子力全開で乗り切ってみせるぜ・・・

・・・ヽ(´・`)ノ ヤ チェビャー リュブリュー!♡

(※腐ってる間に英語もダメなのにロシア語をだいぶ覚えました・・・草)

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本日の費用
春期第2回スクーリング代:52,000円